11
「下手に動くなよ」
温い血が汗に混じって首筋を垂れる。耳の奥で心臓の音がうるさいくらいに響いていた。
「仕事なんだ。悪く思うな」
「あ…………
アクレスの名を呼ぼうとした瞬間、口の中に布を詰め込まれた。喉から出かかっていた声は、小さなうめき声となって漏れ出る。
二人は目覚めない。アクレスから貰った剣は焚火の横。手の届かない場所に置いてある。
なんと愚かなことか。彰を狙うのは魔獣だけではない。転移者狩りの存在を知りながら、何の対策もしていなかった呑気さに自分でも腹が立った。
「チッ……」
しかしその時、男の舌打ちが聞こえたかと思うと、不意に体が自由になった。直後、背後から金属がぶつかり合う音が響いてくる。
「二人を起こして!」
その少女の声は聞き覚えのある声だった。
リリアである。
なぜ彼女がここにいるのかは知らないが、そんなことは今考えている場合ではない。振り返ると彼女は短刀で男の攻撃を受け止めていた。この機を逃せば次はないだろう。
彰はせき込みながら布を吐き捨てると、転がるように剣を取って叫ぶ。
「アクレス! システィ! 敵襲だ!」
身体に動きが染みついているのだろう。目覚めた二人は質問もせずに、すぐさま剣を握って駆け出していった。
そこへリリアが蹴り飛ばされてくる。彼女は「この野郎…………!」と呟きながら、血の混じった唾液を吐き捨てた。見たところ、それほど大きなケガはない。
「なんでお前いるの?」
思わず彰は尋ねていた。すると、リリアは鋭く睨みつけて短剣を突きつける。
「まず感謝するのが先でしょ!」
「あ、ごめん。ありがとう」
「なんでアンタらが居るのか、アタシの方が聞きたいよ! その前に、あいつも九頭龍だから! 下手に動けばこっちが殺され…………」
言葉をかき消すように、森の中で一発の銃声が響いた。
音の方へ目を向けると、アクレスとシスティアに囲まれた男が、黒鉄色の拳銃を握っているのが見えた。その拳銃に彫られた模様が青く輝いている。
剣と魔法の世界と思っていたが、あれだけの魔法が可能ならば銃くらいあっても不思議ではないだろう。
剣と銃。距離を取られると剣は何もできない。
アクレスもそう判断したのか、一瞬で間合いを詰めて、目にも留まらない速度で剣を振るう。だが、男は左手のナイフで剣を逸らすと、大きく後ろへ飛び退いた。すかさずシスティアが動くが、再び発砲してそれを牽制する。
リリアがあの男も九頭龍だと言っていたが、二人の攻撃にも対応するとは確かに相当な手練だ。
男――『狼』は短く息を吐くと、苦い顔で呟いた。
「しくじったなぁ………………、アンタらと戦う気は無いんだよ」
彼は懐から手榴弾のようなものを取り出して放り投げた。咄嗟にシスティアを庇うアクレス。
次の瞬間、その爆弾は強烈な閃光を放ちながら炸裂した。
「閃光爆弾か……!」
気付くがもう遅い。アクレスたちの視界は一瞬の間もなく奪われる。
狼は追撃することなく踵を返すと、暗い森の中へと走り出していった。
アクレスが共に行動しているという情報を掴んでから、狼の狙いは彰一人であった。
他の幹部と違い部下を持たない彼にとって、戦闘は極力避けることが重要である。まして、アクレスが相手となれば損害は計り知れない。
逃げることには慣れている。これまでもそうして生き延びてきた。
今回もまた出直せばいい。そう考えての逃走だった。
しかし。
「うおッ!」
背後に感じた殺気に身を屈めると、その頭上をアクレスの剣が薙ぎ払っていった。あたりに生えていた木が音を立てて倒れていく。閃光で視界は封じたにも関わらず、アクレスは正確に追撃してきたのだ。
狼はすぐに自分の甘さを悟った。
「こいつ……、目を………………!」
アクレスは両目を瞑りながら追いかけてきていた。勘だけでこれほど正確な攻撃はできない。彼は視界に頼らずに動く、何らかの「技術」を持っているようだった。
「システィア!」
アクレスが叫ぶ。すると、その背後から女性剣士が飛び出し、男の左手からナイフを弾き飛ばした。彼女もまた、両目を閉じたまま剣を振るっている。
「これは……聞いてねぇッ…………!」
一瞬の動揺。狼は素早く銃を構えて引き金を引いた。だが、アクレスはその弾丸を難なく躱し追撃にかかる。もはや呼吸の暇すらない。
視界もやがて戻るだろう。そうなれば逃走は絶望的だ。
躊躇っていては命に係る。
拳銃を構える。アクレスはその右腕もろとも斬り落とさんと、剣を鋭く振り下ろした。
宙を飛ぶ右腕。しかし、それよりも早く、暗闇の森に発砲音が響き渡った。
「ぐッ――――!」
彰の脇腹に、思い切り殴られたかのような衝撃が走った。一瞬遅れて、強烈な痛みが雷のように突き抜けていく。
何が起こったのか。彰の頭は咄嗟に理解できなかった。
「アキラ!」
アクレスの声が遠くに聞こえた。脇腹を抑えるが、指の隙間からボタボタと血が溢れ出てくる。倒れる体をリリアに支えられて、そこで初めて撃たれたのだと気付いた。
「……は貫通してます…………!」
顔を覗き込むアクレスとシスティア。叫んでいるが、耳の奥でわんわんと鳴り響く音のせいで何も聞こえない。
男に逃げられる。そう伝えようとしても、うまく言葉にならなかった。
「焼いて……ぐ…………! 死ぬほど……いが、我慢………………!」
アクレスが何かを言う。すると次の瞬間、脇腹の傷口に再び強烈な痛みが走った。
彰の意識はそこで途切れた。
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