37credit.魂の解放
『――シュンくんっ!!』
声が聞こえた。
止まった世界の中で、確かにアイツの声だけが聞こえた。
目を向ける。
観客席の最前列でアイツが――アリスが大きな口を開けていた。
泣きながら叫んでいた。
俺にはアイツが次に何を言うのか解った。
そのとき、すべて思い出したからだ。
――あの夏休みの日。キョウと一緒にイケブクロのサンシャインに初めて連れてきてもらったときのこと。
俺はいつものようにキョウにボコボコに負けて、悔しくて、泣きながらレトロゲームコーナーで昔の格闘ゲームを――『ファイティングスターズ』をやっていた。レトロゲームは子供の小遣いで何回も出来るくらいに安かったし、レバーを動かしボタンを叩く。単純で奥深いところが好きだった。
どうしたら勝てるのか。
どうしたら負けないのか。
ただ強くなりたくて。勝ちたくて。負けたくなくて。
あのときの俺は、きっと世界中の誰よりも強くなりたいと願っていた。
勝たなくちゃ意味がない。勝てないゲームはつまらない。面白くない。勝てない自分に価値なんてない。
そんなことを思いながらプレイしていたゲームに乱入してきたのがアイツだった。
『むかつく!』
『は?』
『どうしてあなたが勝ったのに泣くの?』
『う、うるさいな。お前にはカンケーないだろ。てか女のくせに乱入してくんなよ』
『男女サベツだっ! 女が乱入したらいけないの!? そっちこそなき虫のくせに! もう一回やろ!』
『はああ!? だ、だれが泣き虫だよ! なんなんだお前! あっちいけよ!』
『やだ! 勝つまでやるもん!』
『オイ! だからなんなんだよお前!』
それからアイツと何回もFSをプレイしたんだ。
このときのアイツはまだ全然弱かったけど、センスがあって物覚えが良く、やればやるほど上手くなっていって、粘りに粘られて、結局、最後にはアイツに一回だけ負けてしまった。
『やった……やったやったやったぁ! 見てた? ねぇ見てた? すごかったよね! 楽しかったね! イイ勝負だったね! やった! 勝ったあああ~~~~~~~~~!!』
対戦相手の俺にそんなことを言って、俺の手を握って、アイツはすごく喜んでいた。泣きながら喜んでいた。お前も勝ったのに泣いてるじゃんと言ったら恥ずかしそうに笑った。
負けたはずなのに、俺はなぜかその勝負がとても楽しかった。
すごいヤツだと素直に尊敬出来たとき、負けてもゲームは楽しいのだと知った。
その後で、俺はそいつと一緒にまたキョウへ挑戦しにいった。
店内で噂になっていたキョウは、初期タイプの『ゲーマーズソウル』で前人未踏の100人抜きを果たしながら涼しい顔をしていた。
俺に順番が回ってくる。
すぐそばで、アイツが懸命に応援してくれていた。
それでもやっぱりキョウは圧倒的に強くて。
もうダメかって、やっぱり諦めそうになって。
――そうだ。
そうだったな。
あのときお前は、こう言ったよな!
『負けるなあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!』
その瞬間にすべてを思い出す。
――ゲームへの思いを
――闘いの楽しさを
――あの頃の情熱を!!
初めてキョウに勝ったあの一勝は、俺一人で掴んだものじゃない。
別れ際に、指切りをかわした。
『シュンくんっ、またここで一緒にあそぼうね! わたし、もっともぉーっと強くなるから! 誰よりも強くなるから! もしこんどわたしに勝てたら……えへへ、ケッコンしてあげる! わたし、ゼッタイわすれないから!』
どくん、と心臓が大きく跳ねた。
身体が熱い。
魂が燃えているのがわかった。
ソウルゲージがリミットオーバーしている。
スバルが次にどんな攻撃をしてくるのかが“視えた”。
そして――スバルの目に映るのは、誰よりもゲームを楽しむ馬鹿なヤツだった。
「見てろよアリス――勝つぜッ!!」
刹那、止まっていた世界が光よりも速く動き出す。
スバルの目が大きく動揺していた。
神速の剣をジャストガードで防いだ俺は弱下段でヤツの足を払い、左の剣による中段、上段からキャンセルで
絶対王者ハクバ・スバルが倒れていた。
――しばしの静寂。
そして、爆発したかのような大歓声が響く。
『こ、これはすごおおおおおおおおおおおい! 劣勢に見えましたマナカ選手! なんと敗北寸前でソウルゲージを限界突破!! つまり土壇場で“
驚きました! こんなことがあるのでしょうか! 昨年の世界大会を無敗で優勝したあの王者ハクバ選手が倒れています! ニホンの、そして世界の皆さん! これは間違いなく世界大会決勝レベルの大一番です!! 絶対にお見逃しのないようご注目ください!!』
イロハさんの実況でさらに観客の熱が高まっていく。だが、俺にはそんな皆の声がもう聞こえなかった。いや、聞こえているはずなのに耳から耳へと抜けていく。
なんだろうな。この状況。
周囲の音が消え去って、自分の鼓動だけがドクンドクンと高鳴っている。
極限の集中状態なのか。なのに視界は鮮やかでクリア。とても気分が良く、心身はリラックスしながらも最高潮に興奮している
まだだ。
まだたった一本を奪っただけ。
勝負はこれから面白くなる。
世界はさらに加速する。
そうだろ?
「――あと二本。もっと速くなろうぜ、ハクバ・スバル!」
倒れ、呆然としていたスバルの目が溢れるような悦びに輝く。
「………………はは。ははは……ははははははははははははははははははははははは!!!!」
すぐに起き上がったスバルが構え、俺たちの闘いは再開する!
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