36credit.闘う意味


「シュン~~~~~~~~!! が~~~ん~~~ば~~~~れ~~~~~~っ!!」


 そちらへ目を向ける。

 観客席の最前列。こちらへ飛び出してきそうなほど身を乗り出したキティが、他の歓声を吹き飛ばすような声量でバズーカ声援を送ってくれている。


「シュンならできるよ~~~~~! そんなチャンピオンぶっとばしちゃえ~~~~~!」

「シュン! 己が恥じぬ試合をしろ!!」


 そんなキティを抑えながらバンさんもそんな声を掛けてくれた。

 さらに近くにいたサンシャインのゲーマーたちまで続く。


「おいおいしっかりしてくれよォ! お前がサンシャイン最後の砦だろ!」

「本当にあのマナカ・キョウの弟なら、お前だってやれるはずだ! 立ってくれ!」

「俺たちのサンシャインを守ってくれぇぇぇ!」

「シューン!」「シューン!」「シューン!」「シューン!」「シューン!」「シューン!」「シューン!」「シューン!」「シューン!」「シューン!」「シューン!」『シューン!』


 コロシアムに広がる王者スバルコールに負けじと、サンシャインの皆が俺の名前を呼んでいた。本来平等であるべき実況のイロハさんの声まで聞こえる。たった一日歓迎会をしてもらっただけの俺を。まだサンシャインを『ホーム』にしたわけでもない俺を。こんな無様に負けている俺を。


 そしてアリスは――泣きそうな目でこちらを見つめていた。


「――ったく、インターバルくらいくれよな」


 俺は俺の“敵”を睨み付けながら立ち上がる。


 そして、三本目の勝負が始まった!


「楽しい時間は速く過ぎるものだからね! 勝負は速ければ速いほどいいッ!」


 スバルが笑顔で突っ込んでくる。


「スピード狂が……! 速すぎる男は嫌われるっていうだろうが!」


 双剣でスバルの攻撃をガードし、受け流し、隙を探る。スバルとは逆に大きなハンデを貰っている俺の体力ゲージは最大。多少の体力が削られようが、とにかく一撃でも始動の初撃を当てられればいい。プラス補正を貰っている俺の攻撃力、防御力なら一つでもまともにコンボやアーツを決められればヤツから一本奪うことが出来る。


「それじゃあ遅いッ! 遅いんだよシュンくん! もっと速くなろう!!」

「――クソッ!」


 だがそれが出来ない。

 手が届かない。

 本当に強いプロとは、どれほどのハンデを背負おうとも実力差のある相手に負けることはない。こと格ゲーにおいてはそれが顕著だ。

 極端な話、弱攻撃一発でスバルに勝てるハンデをもらったとしても、初心者が100回、1000回、10000回やったところでコイツに勝つことは出来ないだろう。昔のビデオゲームタイプの格ゲーならわからないが、この『ゲーマーズソウル』ではありえない。


 なぜなら――


「楽しい時間が終わってしまう前に、君に“神速”を見せよう――!」

「――っ!!」


 スバルの剣が光を放ち、ヤツのソウルゲージが一瞬でMAXまで溜まった。その瞬間に観客たちがどっと沸き立つ。


 ――来る!!



「さぁシュンくん! 光を超えよう! はははははははははははははははははははは!!!!」



『ああっとここで王者ハクバ選手! ついにゲーマーズソウルを解放!! 二つ名の通り、まさに“神速”のソウルアーツが発動します! マナカ選手絶体絶命ッ!! この状況から逆転する手段は残されているのでしょうか! シュンくんここが正念場だよがんばれえぇぇぇぇ!』



 思いっきり贔屓してもらって悪いなイロハさん! けど、さすがにそんな手段なんてねぇんだわ!!


「はははは! はははははははははははははははははは!」

「うおっ! ――ぐっ、ううううううう……!」

「速く! 速く! 速く! 速くなれ! もっともっと速くうううううううう!!!!」


 笑いながら繰り出されるスバルの神速の一振りは光を超え、その剣戟はもはや視覚で認知するのが不可能な速度であり、こちらはひたすらガードだけに専念するほかない。


 王者ハクバ・スバルの持つ“遊戯者の魂ゲーマーズソウル”――“神速”。

 それは人間の限界を超えた反応速度――1フレーム0.016秒の世界で動ける力。

 この状態ゾーンに入ったスバルにはどんな反撃も通用しない。なぜならこちらの攻撃発生タイミングをこちらよりも速く認知し、それよりも速いフレームのカウンター攻撃や無敵時間のある技を神速の反応速度で叩き込めるからだ。そんなバケモノ相手に勝てるのはキョウのようなバケモノしかいない。チートだチート、やってられるかチクショウ!!


 ――ああ、なんだこれ。


 おかしいな。スバルの動きが妙にゆっくりに見えてきた。

 音が消えて、まるでスローモーションの映像を観ているみたいに。

 そうだ。あのとき――アリスが滑って転んだときと同じだ。時間が止まった空間に一人放り出されたような感覚。

 おかげで思考する余裕が生まれた。


 ――はは。つーか何やってんだ俺は。


 キョウがいなくなって。ゲームを楽しめなくなって。生きがいを失って。

 それでもまだ、俺はゲームをやってる。


 最強は一人しかいない。

 王者は一人しかいない。

 最強以外の人間は負け続けるしかない。


 だから俺は負ける。

 今までだってずっと負け続けてきた。負けたくないのに負け続けて、悔しい思いをし続けて、だから努力して、それでも届かない領域がある。どんな天才にもたどり着けない世界がある。アリスやスバルでさえキョウには勝てなかった。そしてそのキョウはもういない。


 これ以上、俺が闘う意味なんてあるのか?

 キョウとの夢が叶うことはないのに。


 ならもう、俺は――


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