第七章 王
33credit.闘え!!
サンシャインの店内にいる人たち、そしておそらくは配信を見ている世界中すべての人たちが動揺し、困惑し、固唾を呑んでいるだろう。
皆の注目が集まっている中で、ハクバ・スバルは柔らかな笑顔でこう言った。
「誰か僕と闘ってくれる者はいるかな?」
囁きかけるその声は、まるで放課後のゲーセンで友達を誘うかのようで。
「一度敗れた者でも構わない。プロでなくともいいんだ。“
両手を広げるその姿は、まるで愛しい恋人を待つかのようで。
しかし――王者の声に応えるヤツはいなかった。
敗れた者たちは意気消沈と伏せる。おそらく誰もが“勝利”のイメージをへし折られていた。
すると。
ハクバ・スバルは、途端にスッとその顔から表情を消した。
「――そうか。ならばサンシャインは潰そう」
その顔に似つかわしくない一言に、きっと全員が同じ恐怖を抱いた。
ただの戯れ言ではない。
世界ランク一位の男には、世界最強のプロゲーマーには、簡単にそれを実現するだけの“力”がある。
「901ストリームも、サンシャインも、遅すぎる。まるで時間が止まったようだ……。こんな速度ではゲーム世界の進化に追いつけない……未来へはたどり着けない! なぜ! なぜ君たちを光を目指さない? もっと、もっともっともっと速くなろう! 光になろう! それが出来ないのなら燃え尽きて消えようじゃないか!!」
王者の言葉に圧倒され、皆はただ呆然としているしかなかった。
「……スバル、さん……」
その中でつぶやいたのは、アリス。
バンさんに支えられながら顔だけを上げたアリスは、弱々しい声で問いかける。
「あなたは……ずっと、『ホーム』であるサンシャインを支えてきてくれた……最高の、ゲーマー…………なのに、どうして……」
アリスの問いは、きっと皆が同様に思っていることだろう。
ハクバ・スバルは世界トップの名に恥じぬ実力を持ち、また同時に紳士的で模範的なプロゲーマーとしての資質を兼ね備えた人格者として有名だ。
先輩後輩を問わず多くのゲーマーに愛され、俺が知っている限りのエピソードを思い返してみてもこの人がニホン代表であることにまったく不満がない。だからこそメディア人気も高く、CMなどにも引っ張りだこだ。
正直なところ、ファンに対しても素っ気ない無口なキョウよりもよほど好感度の高いゲーマーだ。アリスのことも本当の妹のように可愛がっていたと雑誌の記事やニュースで読んだことがある。
なのに。
アリスを見つめ返すハクバ・スバルの目には、もう何の感情も宿っていなかった。
「ずっと待ち焦がれていた相手と再会出来て舞い上がっていたのかな?」
その言葉に、アリスがまぶたを大きく開く。
「君の熱がその程度でくすぶるものならば、それ以上速くなることが出来ないというのなら、残念だがただの愛らしい少女だったということだね」
「あ…………あっ……」
「もはや君の速度に興味はない。止まった世界で永遠に光を見届けているがいい」
それだけ告げると、ハクバ・スバルは背を向けて『ホーム』から歩き去っていく。
「ああ……うっ、う、ああああぁぁぁ…………!」
アリスはその場に崩れ落ち、悲痛な声で泣き出した。
「アリス!」
すぐにそちらへ駆け寄ってしゃがみ込む。彼女の肩を掴むと、アリスはぼろぼろに泣き崩れた顔で俺を見た。
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……! 私じゃ守れなかった。大切な思い出も、みんなの居場所も、守れなかった……!」
「なんでお前が謝るんだよ! しっかりしろ!」
「私じゃダメだった。スバルさんには勝てない。キョウさんの代わりにはなれない。シュンくんを本気にしてあげられなかった! 思い出させてあげられなかった! 何で私はこんなに弱いんだろう。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」
「何言ってんだ、アリス……お前…………!」
子供のように嗚咽を漏らして泣き続けるアリスに、俺は何も答えてやれなかった。
胸の奥がざわざわする。
アリスの魂を穢された気がした。
今、コイツに言ってやらなきゃいけない言葉があったはずなのに、それがわからない。
呼吸が速まる。
怒りと、焦りと、不安と、何か強い衝動が胸を強く打つ。
俺の中で俺が叫んだ。
――“闘え”!!
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