32credit.白馬の王子様


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 俺がサンシャインに到着したとき、そこは静まりかえっていた。

 アーケードゾーン。多くのゲーマーたちや取材にやってきたと思われる記者たち、すべての人が大型壁面ディスプレイに映る二人の闘いを見つめ、そして愕然としている。


 ――『ゲーマーズソウル』。

 VRオンライン格闘ゲームの決定版であり、今世界で最も人気のあるゲームの一つ。


 かつてこのゲームで50人抜きをしていたあのアリスが。


 一本も取れないままに、ラスト三本目をパーフェクト負けしたところだった。


 皆、言葉すら発することが出来ずに絶望の表情を浮かべている。実況のイロハさんですらもだ。それはおそらくこの場だけではなく、配信を見ている世界中がそうなのだろう。


 イロハさんはやがてハッと気付いてマイクに声を向ける。


『し、信じられません! 新進気鋭のアイドルプロゲーマーとして“EGIS”界の最前線をひた走ってきたあのトキノミヤ・アリス選手が! 完全記憶能力を持つあのトキノミヤ選手までもが! まったく手が届きませんでしたッ! 謎の男S! 恐怖を感じるほどの強さです! もうサンシャインに為す術はないのでしょうか! ニホンのゲームセンター業界は、“EGIS”界はどうなってしまうのでしょう!』


 そのタイミングで、『ゲーマーズソウル』の筐体からその男が姿を見せた。


「…………遅すぎる……」


 頭にパン袋を被った妙な男は、とてもつまらなさにそうつぶやいた。


 反対側の筐体からは、いつまでたってもアリスは出てこない。

 俺は駆け出し、アリス側の筐体を外から叩いた。中で、彼女がうずくまっているのが見える。


「アリス! オイ、アリス! 開けろ! アリス!」


 ドンドンと叩き続け、呼び続けても、アリスは動かない。その背中が小刻みに震えている。扉を開けようとしたが、中にプレイヤーがいる場合通常は外から開くことは出来ない。


「イロハさんロックを! コイツ体調が悪いんです! 早くッ!」


 俺の声に応え、イロハさんがすぐにこちらへやってきて筐体のロックを外してくれた。


「――アリス! オイ、アリス!」

「…………シュン、くん…………? ……ごめ……なさい……私…………かて……な……」

「いいから黙ってろ!」


 先ほどの試合でどれだけ消耗したのだろう。ぐったりと弱っていたアリスを抱きかかえると、バンさんやキティが外へ運ぶのを手伝ってくれた。


 筐体を出たところで、“嵐”の男がこちらを見ていた。


「期待していた」


 その声は、とても淡々としている。


「トキノミヤ・アリス。君はいつか高みに昇ってくる熱き魂の持ち主だと。光の先へ到達する者だと。それがこの体たらく。もはや、君のその手が太陽に届くことはないだろう」


 わずかに反応したアリスの手が、俺の腕を掴む。


「…………どう、して…………どう…………して…………あなた、が…………」


 その消え入りそうな声に耳を向け、さらに続く声に俺はハッと気付く。


「……バンさん、アリスを頼めるか」

「あ、ああ」


 アリスのことをバンさんに任せて、俺は目の前の男と対峙した。


「イロハさん、もうわかってますよね。こいつのID、念のためチェックしてみてもらえますか?」

「……! は、はいっ!」


 すぐに端末を開いて店舗のログなどを確認していくイロハさん。程なくイロハさんは驚いたままの顔で俺を見てうなずいた。店内が次第にざわついていく。


 やっぱりそうかよ。

 アリスが気付かないはずはない。いや、ヤツと対戦した全員が気付いたんだろう。だからコイツらはここまでショックを受けているんだ。


 圧倒的な実力。

“速さ”を追求するプレイスタイル。

 何よりもあの目立つ白騎士のアバター。


 そもそもこの時代、マイコードやID認証で個人の特定なんて簡単に出来る。いつ誰がどこで何をしていたのなんてすべてログに残る。だから犯罪は昔に比べて激減した。もちろん個人情報は保護されているが、イロハさんたちゲーセン側の人間が客のIDをチェックする程度なら何も問題ない。シブヤの901ストリームには特定出来るデータがなくても、『ホーム』であるサンシャインには間違いなくコイツを参照出来るデータが存在する。


 イロハさんがマイクに声を発した。


『サンシャインの皆さま! そして配信をご覧になっている世界中の皆さま! 信じがたいことになりました! 先日突然901ストリームを崩壊させ、そして本日サンシャインに乗り込んでまいりましたこちらのゲームセンター荒らし! その正体は――!』


 そこでこちらへ目を向けたイロハさん。

 俺は眼前の男へと言い放つ。



「最初から隠すつもりなんてなかったんだろ、王子様。いや、“神速の皇帝”――ハクバ・スバル!」



 俺の言葉で、店内がさらに大きくどよめいた。


 荒らしの男は頭のパン袋に手を掛け――そして、勢いよく脱ぎ捨てる。


 アイドルのような甘いマスク。

 その長身とスタイルの良さ。

 王子様とも呼ばれる容姿と紳士的な態度は女性ファンから絶大な人気を集め、他を寄せ付けない超スピードプレイの強さは男性ファンからも憧れを一身に受ける。


 そんな男は爽やかな笑みを浮かべて優雅に手を叩いた。


「なかなか速い正解だ」


 ――現世界ランク一位。

 ――現世界王者。

 スピードの限界を超えたと称される男。


 ゲームセンター荒らしの正体は――ハクバ・スバルその人だった。

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