31credit.速いか、遅いか

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 とても家で休んでいる場合じゃなかった。

 私が急いでサンシャインに着いたとき、もう、闘える人はいなかった。


『な、な、なんということでしょう! 突如現れたゲームセンター荒らし! 謎の男Sによって我らがサンシャインのプロゲーマーたちがこうも容易く敗れてしまいました! 私、実況のシラフジ・イロハもこんな状況を見るのは初めてです! 間違いなく、この『サンシャイン』最大の危機がおとずれています!』


 イロハさんの配信実況が店内の人へ、そして配信を見ている世界中すべての人へ現実を突きつける。

たった一人に、皆が負けてしまった。


「アリス……どうしよう、アリス……!」

「この男は……強い……! アリス、お前でも此奴には……!」


 涙目のキティと焦燥したバンさんが声を掛けてくれる。他のゲーマー仲間たちにも普段の熱や活気はなく、皆、意気消沈としていた。それだけの実力差を見せつけられたんだ。


 私は息を呑み、それから彼に尋ねる。


「……あなたが、901ストリームを潰したゲームセンター荒らしの方ですか?」


 倒れた皆を見下ろすように立つ長身のその人は――頭に茶色いパン袋のようなものを被っていた。ひょっとしたら、かつてのゲームキャラクターの真似をしているのかも。


 その人が口を開く。



「…………遅い…………」



 想定もしなかった言葉はボイスチェンジャーにより加工されていたけど、そんなことよりも私はそのたった一言に戸惑い、驚いた。それは私への回答ではなく、ただの不満だった。


「シブヤと同様、ここの有象無象もすべからく遅い。やはり最速の消えた世界のスピードなどこんなものなのか……」


 そうつぶやく荒らしの男は、きっととてもつまらそうな顔をしているのだと確信した。


 手に力が入る。


 私は、とても悔しかった。


 キティとバンさんの横を抜けて、その人の元へ歩み出す。

 一歩、一歩、近づくだけで強い威圧感を覚える。明確に、自分よりもずっと格上の相手であることを身体と直感が教えてくれた。


 男がこちらを見る。



「――トキノミヤ・アリス。君は速いか?」



 その視線を感じたとき、背筋が冷えた後で全身にじわりと汗がにじみ出していった。


 皆、この人に敗れてしまった。

 世界最強と呼ばれたキョウさんも、現チャンピオンのスバルさんも、今ここにはいない。闘えるのは、もう私しかいない。


 震えを止めたくて、両手をぐっと強く握る。


 わかっていた。

“記憶”が私に結果を教えてくれる。


 でも、絶対に逃げられない。


 この場所は私が守らなきゃいけない。

 私たちの、大切な場所を。

 約束を守るために!


「……次は、私と勝負してください。私が勝ったら、ここから出ていってください!」


「受けよう」


 男はそれだけ告げて『ゲーマーズソウル』の筐体に入っていった。私も反対側の筐体へ向かう。


「アリス!」「アリス……!」


 キティやバンさん、皆が心配そうな顔でこちらを見つめている。

 私は、みんなの方は見ずにつぶやく。


「……必ず、勝ちます!」


 筐体に入り、『ゲーマーズソウル』のシステムにVRリンクする。

 気付いたときにはもう私の身体はゲームのアバターになっていて、その手に大きな槍を握っていた。

 視線を上げるだけで、ビリビリと電気のような緊張が身体を駆け巡る。


 信じられなかった。


 全身甲冑をまとった白馬の騎士が、私をじっと見下ろしていた。


「…………やっぱり……」


 声が震える。


「……どうして、あなたが………………?」


 そんな私に、白馬の騎士は何も答えない。

 ただ、その輝く剣を正面に掲げる。


 ――闘いで応えよう。


 そう告げるかのように。

 だから私も武器を構えた。

 フィールドが切り替わり、両者準備完了を告げる音声が響いて戦闘BGMが始まる。


 緊張と共に心臓がバクバクと激しく動いて、私のアバターからだを突き動かす。


 ちゃんと覚えている。

 この人の闘い方を、その動きを。


 驚いている場合じゃない。怯えている場合じゃない。


 お願い。もっと燃えて。

 どこまでも熱く。激しく。私の、魂!

 私は、この人に勝たなきゃいけないから!


『OPEN WORLD!!』の表示と共に、私は駆け出した――!

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