30credit.狙われた太陽


「……――っ!!」


 言葉を失う。胸が大きく跳ねた気がした。

 俺はハッとしてすぐにリョウの手を払う。


「や、やめろやめろ! からかうな! 俺はキョウとは違うんだっての! こんな謎の男にまったく興味も関心もねぇ! 寮母さんの夕飯メニューの方がずっと気になるわ!」

「あははは。寮母さんの手料理は絶品だからね。それじゃあシュン、夕食まで少しボクとゲームでもしない? そうだなぁ……あ、このトランプでもどう? 古き良きババ抜きとかいいじゃない」


 机の上から手に取ったトランプを、リョウはずいぶんと慣れた手つきで切っていく。


「まぁ、少しくらいならいいけど……」

「それじゃあ勝った方が負けた方になんでも一つ命令出来るルールにしよう。ありがちだけど、ご褒美があった方が燃えるよね」

「は? いやいやちょっと待てそれなら話は別だ! お前ババ抜きめちゃくちゃ強そうだから別のにしろ! 七並べ……いや大富豪……もお前全部強そうだからスピードだスピード!」

「ふふっ、それでも勝負はしてくれるんだね。いいよ。ボクが勝ったら……そうだなぁ、次のデートでシュンに可愛いゲームキャラの女装コスプレでもしてもらおうかな?」

「はあああああ!? オイ待てふざけんな! やっぱ勝負やめ――」

「陽光の生徒たる者、勝負から逃げるべからず。良い校訓だね。じゃあ始めようか」

「クソ! なんかお前スピードも強い気がしてきたんだが! 一番苦手なヤツ教えろ! むしろトランプやめようぜ! 他のボドゲとかさ! なっ!」

「さすがに格好悪いなぁ。大丈夫、スピードはあまり得意じゃないんだ。十歳の頃から父親以外に負けたことがないくらいだから」

「やっぱ他のやろうよリョウくん!! ねっ!?!?」

「勝負がついたらね。それじゃあ――スタート!」


 こうして強制的にデスゲームに参加させられた俺は未だかつてないほどの集中力を発揮してスピード勝負に挑み、初戦を落とすものの当然3本勝負だと難癖を付けて危機を回避、最終的になんとか1勝1敗1分という引き分けに持ち込んで死を免れることが出来た。よくやった俺! やれば出来るじゃんか!!


「……驚いたなぁ。強いねシュン。良い勝負が出来て楽しかったよ」

「はぁ、はぁ、はぁ……! 全然楽しくねぇ! こちとら死にものぐるいだったわ……!」

「ふふ。シュンのコスプレが見られなくて残念だなぁ。ねぇ、次はボクの得意なゲームにしようよ。それが公平ってものだろう?」

「絶対ヤダ! もうお前とは勝負しない!」

「ええ~? そんなこと言わないでやろうよシュン。大丈夫だよ。絶対シュンに似合う可愛い衣装を選んであげるからさ。それで同人誌即売会に行くのもいいよね」

「もう勝つこと前提じゃん!! ヤダヤダヤダ! 絶対やらない!」

「あらら、シュンちゃん拗ねちゃった。でも、そういうシュンも可愛いね」


 げっそりやつれた気さえする俺を見てもニコニコキレイな愉悦顔を浮かべるリョウ。コイツ小悪魔じゃなくてマジモンの悪魔かもしれん!


 それからは特にご褒美のないトランプバトルなどをしているうちに夕食の時間になる。寮母さんが今晩は『チーズ入り手ごねハンバーグ』だと言っていたから、俺の腹はすっかりハンバーグ気分になっていた。


「リョウ、さっさと行こうぜ。もうトランプはいいだろ」

「ねぇシュン。キミは寮母さんのハンバーグとゲームが強い相手、どっちが好きだい?」

「はぁ? 何を意味のわからんことを」

「あの動画のラストシーン。“太陽を撃ち落とす”。そういう意味だったんじゃないかな?」


 端末を手に何かの映像を観ていたらしいリョウは、右手の親指と人差し指を伸ばして銃のカタチにする。

 そしてその手を窓の外――沈んでいく夕日に向け、「ばんっ」と撃って微笑んだ。


「……太陽を? いや、だからお前何言って……――っ!?」


 そこで俺はリョウの言いたいことに気付いた。気付いてしまった。

 謎の男Sはなぜ最後にあんなポーズを決めたのか。何の意味もないとは思えない。

 あれは意思表示。

 ひょっとして、その“太陽”を意味するものってのは――!


「リョウ、まさかそれって――うわっ!?」


 そのとき突然俺の端末が音を鳴らした。珍しいことにメールなどではなく電話のようだ。

 一体誰からかと思えば、相手は『キティ』だった。

 すぐに通話を始める。


「――キティか? オイ、大丈夫か!? 俺の勘違いだったらいいんだが、ひょっとしてサンシャインに――」


 俺の声を遮るように、端末の向こうからキティの声が響いた。



『シュン! 大変なの! このままじゃ、サンシャインが、サンシャインがなくなっちゃう! みんなあいつに、“嵐”にめちゃくちゃにされちゃうよぉ!』



 最悪な予想は当たってしまった。

 リョウが端末の映像を宙に浮かべて指さす。

 それはサンシャインの公式リアルタイム配信。イロハさんの慌てたような声が聞こえてくる。


『シラフジ・イロハです! 現在緊急生配信を行っております! 大変な状況になりました! シブヤの『901ストリーム』に続いて、今夜この『サンシャイン』にも“嵐”が現れました! 我らがサンシャインのゲーマーたちが果敢に立ち向かっておりますが、相手は恐ろしい実力者です! まったく歯が立ちません! 凄まじいスピードでサンシャインゲーマーたちをなぎ倒していきます! 一体何者なのでしょうか!!』


 その映像の中で、歓迎会で俺と闘ってくれたヤツらが既に敗北を喫している状況が目の当たりになった。アリス以上のランクを持つプロでさえ敗れたらしい。


 ――太陽を撃ち落とす。


 やっぱりそうだ。太陽を意味するものは――つまり“サンシャイン”!

 あの投稿者は、謎の男Sは、901に続いてサンシャインを狙っていたのか!


「オイ、キティ! お前は大丈夫なんだな!? バンさんは!? 相手はバケモンだ立ち向かわなくていい!」

『あたしたちも負けちゃったよぉ! みんなみんな負けちゃって、ぜんぜん誰も敵わなくって、そしたら、そしたら――!』


 続くキティの言葉と切り替わった映像に、俺は愕然とする。


『アリスが来て、闘おうとしてるの! アリスまだフラフラなのに! スバルがいないから、アリスが負けたらもう終わっちゃう! サンシャインがなくなっちゃうよぉ!』


 震えるようなキティの涙声が部屋中に広がる。全身がぞわっと震えた。

 リョウがドアを開いている。


「ハンバーグはボクが寮母さんに言ってとっておいてもらうよ」


 俺は端末を握りしめ、微笑むリョウの隣を抜けて廊下に飛び出す。


「ついでに夜間外出許可もとっといてくれ!」


 リョウが左手でオッケーサインを作る。

 すぐに外へ出た俺は、キティに今すぐ行くことを伝えて通話を切ると、暗くなったイケブクロの街を全力で走った。あちこちの街頭モニターでもサンシャインの生配信が流れていて、皆が注目している。


 ――アリス、一人で突っ走るなよ……!

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