第六章 新たな風
29credit.謎の男S
シブヤの有名ゲームセンター『901ストリーム』がたった一夜で壊滅状態に陥ったという情報はたった一夜で全世界へと駆け巡り、ネットを震撼させる大ニュースとなった。
もちろん翌日の学校でも皆の話題はそれで持ちきり。アリスがランクを落としたり学校を休んでいることは大して騒ぎにもならなかった。それほどの混乱が起きている。
もう体調は回復しているだろうか。俺は、901のことよりもアリスのことの方が気がかりだった。それでもこの端末でアイツに連絡する気にはならない。俺はしばらくアイツから離れた方がいいと思ったからだ。キティが『放課後一緒にお見舞いにいこっ!』とメッセージアプリで誘ってくれていたが、断るべきだろうと思っている。
「――なるほどね。トキノミヤさんの状態を心配して、彼女に負担を掛けまいと連絡もせず身を引いているわけか。健気な彼女みたいで可愛いね、シュン」
「だーれが健気な彼女だ!」
放課後。部活もなくさっさと寮に戻った俺は、自室でリョウとそんなやりとりをしていた。
リョウは窓際で花の世話をしながらくすくすと笑って話す。
「901のことよりもトキノミヤさんのことを気にするのは優しいじゃないか。やっぱり一晩を一緒に過ごして良い関係になったのかな?」
「だから、あの日はただひたすらゲームしてただけだって説明したろ。お前が想像するようなことはねぇよ。そもそもキティ――もう一人一緒だったんだぞ」
「初めてが
「ぐぬぬぬああ言えばこう言ううう……! もうツッコまねぇからな!」
「シュンは本当に可愛いなぁ」
いつものように俺をからかい満足そうに愉しむリョウ。一見文学少女みたいに大人しそうなツラして中身はホント小悪魔だぜコイツは。
そこでリョウが浮かんでいた立体映像をスワイプ操作して話す。
「ネットもSNSも、ずっと901の話題がトレンドだね。“嵐”の正体は誰なんだろうって推測している人がたくさんいるよ。例えば海外からの刺客とか、『ニブルヘイム』の闇ゲーマーとか。あとはそうだね、やっぱりキミのお兄さんだって説が一番有力そうかな」
「そりゃ901のプロたちを一蹴するくらいだからな。それくらい実力があるヤツじゃないと荒らし行為なんて出来ねぇだろうし、何よりキョウには前例があるからな……」
俺としても、実際その説が一番しっくりくる。キョウの実力があれば可能だろうし、逆にいえばキョウクラスの実力がなければ不可能なことだからだ。たとえ調子が万全のアリスでも、
――まさか、本当にキョウなのか……?
アイツが以前に荒らし行為をしたのは、プロデビューしたてでとにかく相手を求めていたからだ。強者を求める純粋なゲーム馬鹿だったからだ。今さら下位ランクの相手に興味なんてないだろう。だからこそ表舞台から姿を消したはずなんだ。
じゃあ“嵐”の正体は誰なんだ? そんなの、自分の目で見ないことにはわかるはずがない。
「おや、これは大変だよシュン」
「これ以上何が大変なんだよ」
「その“嵐”本人が昨日の動画をアップしているみたいだ」
「はぁっ!?」
思わずリョウのそばに押しかける俺。リョウは動じることもなく端末を窓際に置いて、動画共有サイトの立体映像をポワンと宙に広げた。
「投稿者は『謎の男S』。動画のタイトルは『901荒らしてみた』だって。もう再生回数が3億回を超えてるよ。面白そうだね。じゃあ再生するよ? シュン」
「ああ!」
リョウがタッチして、動画が再生される。
その動画はシブヤ――901ストリームの外観を映した外のシーンから始まる。撮影している投稿者であろう人間の姿はわからず、音声もついていない。
撮影者は901の中に入ると、クレーンゲームや子供向けのゲームゾーンは無視して店内をスタスタと素早く進み、エレベーターへ乗り込む。目立つ格好でもしているのか、多くのゲーマーたちが撮影者の方をギョッとした顔で見つめていた。
やがて撮影者が辿り着いたのは、901ストリームのトッププロたちが肩慣らしを行っていたらしいアーケードゾーン、『ゲーマーズソウル』の筐体が並ぶ前だった。下位ランクの者やプロに憧れる子供たちが列を作り、トッププロの胸を借りている状況みたいだ。
迷わずその列に並んだ撮影者。律儀に『対戦スタートまでカットします』のテロップと共にカットが入り、ようやく撮影者の番になって対戦がスタート。
それからは怒濤の展開だった。
初戦でトッププロ相手にストレート勝ちを果たした撮影者は、トッププロからの再戦を受け入れてその実力をさらに知らしめ、次々に勝負を挑んでくる901ストリームのプロたちをすべて返り討ちにした。
そこからは倍速映像に変わり、『ゲーマーズソウル』のような格ゲーだけではなく、音ゲーやレースゲーム、シューティングなど、それぞれのジャンルでプロたちを打ち負かす映像が一気に流れる。しかも圧倒的な差をつけて。
ここでようやく倍速映像が元に戻った。
呆然と崩れ落ちるプロたちを前に、撮影者はスタッと立ち上がってさっさと901ストリームを後にした。まるで、もうここには興味が無いとでも言いたいかのように。
そして店を出た撮影者は、最後に太陽の方へカメラを向ける。
そこで初めて撮影者の身体――その手が映った。
親指と人差し指で銃のカタチを作った撮影者は、太陽を狙って撃つような真似をする。そのまま『ご視聴ありがとうございました』のテロップと共に動画は終了。たった3分間の動画だった。
コメント欄には、投稿者の強さを絶賛する者やその正体を考察する者、最後の行動の意味を考える者など、既に数万件のコメントが寄せられて大騒ぎになっている。SNSやニュースサイト等にもたくさんリンクされているらしく、再生回数はどんどん上がっていった。
リョウがこちらに顔を向ける。
「なかなか濃密な3分だったね。コメントによると、“嵐”は妙な紙袋で顔を隠していたらしいよ。901のゲーマーが見たんだって。どう? 君のお兄さんだと思う?」
「それは……わからん。最後の手しか映ってねぇし、ゲームのプレイ映像だってほとんど見られなかったしな。けどキョウが変装なんてしねぇと思うけどなぁ」
「それもそうだね。でも、こうしてたった一人の“嵐”に敗れた証拠まで残されたら、901ストリームがその名声を取り戻すのが難しいのは間違いないね」
その通りだと俺も思った。
今やゲームセンターはその国の、その都市の、その街の象徴ともいえるエンターテインメントの最前線であり旗手だ。ニホンにおいてはイケブクロの『サンシャイン』、シンジュクの『メトロポリス』、シブヤの『901ストリーム』、そして昨今凄まじい勢いを見せるエンタメ街アキハバラの『CutéX!!』は国際的にも名の知れた旗艦店。その中の一店舗を正体不明のたった一人によって叩き潰された。俺たちでさえこれだけ衝撃を受けているのだから、901ストリームの運営企業やホームゲーマーたちの衝撃は計り知れない。実際、プロを辞めてしまった者たちも出ているというニュースがあった。
“嵐”はなぜこんなことをしたのか。
正体は何者なのか。
気になることはもちろん多かったが、それよりも俺が気になっていたのは――
「嬉しそうだね、シュン」
「は? 何言ってんだ。こんな状況が嬉しいわけねぇだろ」
「そうかな? だってキミ――」
リョウが俺の頬にそっと触れながら、こう言った。
「笑っているよ。マナカ・キョウみたいにね」
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