27credit.夕暮れの公園で


 *****


 当然ながら、ランカーバトル中のプレイヤーに外部者が助言やアドバイスをすることは出来ない。チートツールの使用や協力者の介入による不正を防止、排除するためだ。今ではランカーバトルや公式大会はオリンピック並に厳格なルールが設けられている。


 だから俺は、サンシャインそばの公園でじっと待っていた。手にした端末からはイロハさんの締めの言葉や挨拶などが聞こえていた。映像はもう観ていない。

 イケブクロの空はオレンジに、紫に、濃い青に、グラーデーションを作って夜へと向かう。


 そんな黄昏時に、トキノミヤ・アリスはやってきた。


「はっ、はっ……シュンくん。ごめんなさい、待たせてしまって」


 まだ制服姿のまま駆け寄ってきたアリスは、俺の前で軽く息を整える。ランカーバトルを終えたばかりで疲れも残っているだろう。

 俺はベンチから立ち上がって向かい合う。

 噴水が勢いをなくして静まりかえった。


「疲れてるとこ呼び出して悪いな」

「い、いえ。あっ……」


 アリスはそこで俺が手にしていた端末を見て気付いたのか、へにゃっとした顔で苦笑いを浮かべた。


「み、見てくれていたんですか? えへへ。ちょっと、今回は上手くいきませんでした。シュンくんが見てくれていたのなら、部長として良いところを見せたかったな」


 そうつぶやくアリスの顔は、どこか青ざめているように見えた。

 さっさと話を済ませよう。


「なぁ――なんで俺の歓迎会なんてやった?」

「……え……?」


 なぜアリスは怯えたような顔をしているのか。きっと俺がひどい顔をしているせいだろう。

 それだけ俺は、苛立っていた。


「上手くいくはずなんてないよな。お前の調子が悪いのは誰が見てもわかるんだから。その原因は何だ? 俺だろ。俺と部活なんかやって、俺の歓迎会なんてもんに時間を割いたせいだ」

「ち、違います!」

「違わないね。お前、高校生になってからずっと無理してきたんじゃないのか?」

「……!」


 アリスがびくっと身をすくめる。


「高校生になって、俺との時間を作ったせいで、なかなか普段通りの練習が出来なかったんだろ? だからって手を抜くようなヤツじゃない。だからお前は睡眠時間を削ってずっと無理をしてきたんだ。高校生活も、俺との部活も、俺の歓迎会も、そして今日のランバーバトルも全部上手くやろうとした。けど、さすがに身体が持たなかったってところか」

「あ、う……」

「なぁ、アリス。プロが本番にコンディション崩してどうすんだよ。お前言ってたよな。この世界の頂点に立つことが夢だって。そんなんで頂点に立てるのかよ? いいや無理だね。お前だってそんなことわかってるはずだ。自分の身体のことだってわかってたはずだ。にも関わらず、なんで俺なんかに時間を割いた?」

「……それ、は…………」

「俺のせいだな。俺のせいでお前に無理をさせちまった。そのせいで今回確実にランクが落ちて、お前の夢は遠のいた。なぁ、ふざけんなよ。俺はお前の足かせになるのはごめんだ。俺なんかよりも大切にするものがお前にはあるだろ……!? なぁ!」


 自分のせいでアリスに負担を掛けてしまった。アリスの夢の邪魔をしてしまった。その足かせになったことが悔しく、許せなかった。アリスへ向けた怒りはそのまま自分自身にも跳ね返ってくる。


 アリスはうつむき、しばらく黙り込んで、そっと胸元に手を当てた。

 そしてようやくその顔を上げると――


「――勝手に決めつけないでください」


 彼女は、凜とした瞳で俺を真っ直ぐに見た。その迫力に俺はわずかに身をひく。


「プロは結果がすべて。私はこの結果に納得していますし、今回のことはすべて自分の責任です。シュンくんのせいなんかじゃありません。シュンくんがそう思うのは傲慢です」

「……アリス……」

「それに」


 アリスが一歩踏み込んでくる。

 ずい、とこちらへ顔を近づけて、アリスは自分の胸に触れながら言った。


「私が大切にするものは、私が決めるよっ!」


 次の瞬間、公園の噴水が高らかに吹き上げた。

 真っ直ぐに俺を見るアリスの瞳には、彼女の清廉な魂が熱く宿っているような気がした。

 言葉を失ってしまった俺に、アリスはすぐハッとして身を引く。


「あ、ご、ごめんなさいっ。でも、本当にシュンくんのせいではないんです。これは私の責任。大切なものを欲張ってしまった自分のせいなんです。もっと体力が必要だなって、あらためて思いました。バンさんに筋トレを教えてもらうべきかな」


 えへへ、と気恥ずかしそうに笑ったアリスは、優しい顔で俺に微笑みかけた。


「私だけじゃないんですよ」

「……え?」

「バンさんやホームのみんなもランカーバトルを控えていました。お仕事や学校に忙しい人も多いでしょう。それでもみんな、私のお願いを聞いてくれたんです。なぜだかわかりますか? みんなにとって、あの時間が大切なものだったからです。ホームに仲間を迎えること。仲間と過ごす時間はとても大切なものだからです」

「……仲間と過ごす、時間……」


 アリスは、にこやかにうなずく。


「プロにとってランクは大切なものです。でも一番大切なものではありません。みんなそれを知っています。『サンシャイン』は、そういう場所です。私は、シュンくんにそんなサンシャインを知って欲しかったんです。私の“大切”を知って欲しかったんです」


 そう言って、アリスはこわばっていた俺の手を両手で優しく掴んだ。


「だから今度は、シュンくんの“大切”も教えてほしいです」

「俺の……大切……?」

「もしもそれが私と同じものだったなら……私、すごく嬉しいな」


 俺の胸が、大きく跳ねた。

 頬を赤らめて微笑むアリスの顔を見た瞬間に、何か、とても大切なものを思い出しそうになった。

 俺が求めていた、なくしていた、忘れていたものが呼び起こされるような気がした。


 そのとき――


「…………アリス?」


 彼女の手から、力が抜けた。

 呼びかけた俺の声に応えることなく、アリスはゆっくりとこちらにもたれかかってきた。


「……!? オイ、アリス? オイッ!」


 アリスの肩を掴んで声を掛ける。目を閉じた彼女の呼吸は小さく浅く、頬だけでなく顔中が赤くなっていた。額に触れると確かな熱を感じる。


「やっぱり無理してんじゃねぇかバカッ!」


 俺はアリスを抱きかかえ、急いでサンシャインのビルへと向かった。

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