26credit.プロ金
「ねぇシュン。キミが今、何を考えているか当ててみようか」
「――え?」
カフェオレを飲んでいた対面のリョウが、テーブルに肘をついて組んだ手の甲に顎を乗せながら俺を見た。
「ゲームのことだろう? いや、トキノミヤさんたちとのゲームのことかな」
「な、なんでそんなことわかるんだよ」
「わからないルームメイトじゃあ失格だろう」
そう言って微笑するリョウには、余裕のある年上の女子大学生みたいな雰囲気すら感じた。男子大学生ではないところがコイツのポイントだろう。
「なぁ。お前ホントに同級生か?」
「年下に見えるかい? だとしたら嬉しいなぁ」
「いやそうは言ってねぇけど……まぁいいわ……」
こいつ相手に余計なことを言えば墓穴を掘ってからかわれるのは目に見えている。遊ばれたり子供扱いされるようなときはよくあるが、不思議とリョウといるときは落ち着く気がした。
「――んで。結局朝の件はどういうことだよ」
腕を組み、満を持して尋ねた俺に、リョウは「ああ」と思い出したかのように言う。
「ボクの通話を盗み聞きしていた件だね。シュン、そういうのはデリカシーに欠けるよ」
「は? あ、い、いやそれはスマン! でも別に盗み聞きするつもりじゃなくて帰ってきたらたまたま話し声が聞こえたから入るに入れず――」
「あはは、わかってるさ。キミはからかうと本当に可愛いなぁ。別に気にしていないよ」
「ぐぬぬ……この野郎……!」
涼やかな顔のリョウにちょっぴりイラッとする俺。じゃあ言うなや! いやまぁ盗み聞きがデリカリーに欠けるのは本当だし気をつけるべきだろうけども!
そんな俺を見つめながら、リョウは落ち着いた様子で話す。
「あのときはね、ちょっとした知り合いとキミのことを話していたんだよ、シュン。面白い子が現れたってね」
「ちょっとした知り合い?」
「ああ。キミが想像していたとおり、“神速の皇帝”――全プロゲーマーの頂点に立つ我が国が誇るトップランカー、『ハクバ・スバル』だよ」
「……!!」
やはり、とは思いつつも驚愕する他はなかった。
ハクバ・スバル。かつてランク2位だったときは1位のキョウを強くライバル視して共に切磋琢磨していたという。キョウがいなくなった後ですぐに王座へつき、以降はその地位を譲ることなくチャンピオンとして君臨し続ける絶対王者だ。
「……なんで、リョウがそんな相手と知り合いなんだ?」
「ちょっとした縁があってね。詳しくはヒミツ。もっと仲良くなったら教えてあげようかな」
「ぐぬぬ……んじゃあ、なんでハクバ・スバルと俺の話なんかしてんだよ」
「それはキミがマナカ・キョウの弟だからさ」
「っ!」
思わず席を立ち上がる俺。リョウは微動だにせず、俺の方を見上げていた。
「な、なんでっ、リョウがそのこと!」
「見ればわかるじゃないか」
「えっ」
「シュンはお兄さんと同じ目をしているもの。名字も同じだし、すぐにわかったよ。でも、お兄さんとは決定的に違うところもあるかな」
「……違うところ?」
「キミの方が可愛い」
そう言って微笑むリョウ。
その笑みと声になんだか毒気を抜かれてしまい、俺は小さなため息と共に席についた。
「お前さぁ、ホント何者なんだよ」
「お茶目で素敵なルームメイトかな」
「そういうこと聞いてんじゃねぇし……もういいわ。つまり、キョウの弟が来たからなんか面白いこと起きんじゃねぇのって話を皇帝としてたってことだな」
「そうだね。
「んなわけないだろが。はた迷惑な話しやがって」
頬杖を突いてふてくされる俺を見て、リョウはくすくす笑っていた。
そんなとき、店内の壁面モニターにニュース速報が流れる。それはハクバ・スバルが今回のランカーバトルでも圧倒的な力を示して世界ランク一位を維持した、というものだった。そんなニュースに周囲の人たちも盛り上がっている。特に若い女性が黄色い声を上げていた。
「さすがは皇帝だね。そうだシュン。一緒に配信でも見てみるかい?」
「ん? 配信?」
「うん。プロ金は配信が盛り上がっているからね」
「……あ。そ、そうか!」
言われてようやく気付く。
通称プロ金。それはプロのランカーバトルが行われる決戦の金曜日のことだ。各ゲームセンターから行われるネット中継での配信は世界的に盛り上がり、SNSも大賑わいになる日である。だからこそ先ほどのような速報が流れるのだ。すっかり忘れてしまっていた。
そこでリョウが自分の端末をテーブルに載せ、手慣れた様子で操作すれば配信画面の立体映像がぽわんと映し出される。
「『サンシャイン』の中継だよ。海外遠征中の皇帝は向こうでテストを受けていたようだからここにはいないみたいだけれど、ちょうどトキノミヤさんも対戦しているね」
そう、画面に映るのはアリスの姿だった。どうやら今はクイズゲームをやっているらしい。
プロのランカーバトルでは、得意なジャンルのゲームはもちろん、指定されたランダムなジャンルのゲームなどプレイするものは多岐にわたり、それらの結果を踏まえて世界ランクが変動していく。好きなゲームだけを極めていても上昇出来るランクは微々たるもので、トッププロとして活躍するためにはオールジャンルのゲームに精通していなくてはならない。
その点、アリスは完全記憶能力の“
「おや? どうも調子が悪そうだね」
リョウがつぶやく。
アリスが今プレイしているクイズゲームは参加者64名によるオンライントーナメント形式で、早押しや並び替え、パズルなど無数のクイズが無数のジャンルに渡って繰り広げられる縦横無尽な知識の殴り合いだ。本来のアリスなら無双しているところである。
しかし、今日のアリスは早押しで出遅れたり、並び替えを間違える凡ミスをしたり、とかく精彩を欠く。集中しきれていないようだった。
『おおっとこれは痛い! 優勝候補のアリスさんまたしても予選敗退! 得意ジャンルのクイズは固いかと思いましたが、高校生になって生活が忙しくなった分、調子を崩しているのかもしれませんね。――それでは準決勝に進みましょう!』
『サンシャイン』で実況しているイロハさんも、そして配信を見ているリスター達のコメントも似たような印象だった。“今日のアリスは明らかに本調子ではない”、と。
「…………アイツ……」
思わず手を握りしめる。
俺の中に、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。
俺はすっかり忘れていた。今日がプロ金だということ。ランカーバトルの日だということ。俺には関係がないと思っていたからだ。
しかしアリスは違う。
プロのシビアな世界に生きるアイツが、今日のことを忘れていたはずなんてない。あのトキノミヤ・アリスが、この日をないがしろにするはずがない。この日のために、きっと俺の知らない努力をたくさん積み重ねてきていたはずだ。
なのに。
「どうして、俺の歓迎会なんてやりやがった……!」
原因は間違いなくそれだ。
俺の歓迎会なんてものを開くためにサンシャインに人を集め、仲間に協力を願い出て、さらには誕生日パーティーなんてものまで催してくれた。その準備にどれほどの時間と労力を費やしただろう。プロにとって生死を決めかねないランカーバトルを控えながら、なぜ前日に朝まで俺とゲームなんてやっていたんだ。どう考えてもさっさと寝るべきだった。いや歓迎会なんてそのあとでよかったじゃないか。疲労、練習不足、睡眠不足。いくらアイツでもそんな状況で良い結果が出せるはずがない。
「直接訊いてきたらどうだい?」
と、リョウが一言つぶやいた。
顔を上げた俺に、リョウが柔らかな表情で話す。
「本当は、最後にシュンとゲームセンターに行こうかと思っていたんだ。サンシャインではないけれどね。ルームメイトとして、ただ一緒にゲームをしたくてさ」
「……リョウ……」
「でも、キミが今行きたいのはサンシャインだろう? なら行ってくるといいよ。今日のデートはここまでにしよう。付き合ってくれてありがとう。楽しかったよ」
そう言ってにこやかに微笑むリョウは、やはり、俺よりもずいぶん大人びて見える気がした。
「……悪い。また今度付き合う!」
「いってらっしゃい。次は水族館がいいかな」
店の中でリョウと別れた俺は、その足で『サンシャイン』を目指して走った。
一言でもいい。アイツに文句をいってやらなきゃ気が済まなかった。
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