第五章 大切なもの
25credit.放課後デート
なんとか時間ギリギリで教室に駆け込んだ俺。朝から走ったおかげか睡眠不足の眠気も吹き飛び、昼休みに仮眠を入れることでなんとか一日授業をこなすことが出来た。金曜ということもあって、ちょっとした達成感に浸る俺である。
そして放課後。アリスが俺の席へやってくると、
「シュンくん、今日の部活はお休みにしましょう。疲れが残っているでしょうし、私もちょっと用事があって。それではまた月曜日に」
「ん、ああ。わかった」
それだけ告げて足早に去っていくアリス。まぁアイツも忙しい身だからな、そう毎日お気楽な部活やってる場合でもなかろう。んじゃあ俺も帰ってもう一眠りすっか。
そう思いながら昇降口を出たところで、ある人物と遭遇。
「――やぁ。お疲れ様、シュン」
手を挙げて微笑するのは、制服姿のルームメイト、リョウであった。
相変わらずの美少年ぶりに一瞬戸惑う、というかやっぱり女子にしか見えないのだが、すれ違っていく他の生徒達も「あの子誰だっけ?」「超美少女じゃん!」みたいなことを口々に言っているので俺の感性は間違っていないようだな。
とかなんとか思いつつこちらも軽く手を挙げる。
「おー、お疲れ。こんなことで何やってんだよ」
「うん、実はシュンを待っていてね。どうかな? たまには放課後デートでもしない?」
「はぁ?」
「今朝の話の続きもしたいだろうし、ついでにルームメイトとして仲を深めるのもいいだろう? それとも別の用事があるかな」
自然に誘われてちょっとだけ戸惑ったが、デートというか遊びにってことだろう。別におかしいことは何もないし、特に断る理由もない。何より今朝の話が気になるところだ。
「いや、今日は部活もないし別にいいけどさ」
と答えると、リョウはニコッと明るく笑った。普段あまり見せないような顔に少しドキッとしてしまう。いやだから男だぞコイツは!
「デートなんて初めてだから嬉しいなぁ。誘ったボクがエスコートするから、シュンはお姫様気分でいてくれればいいよ。それでは改めて。お手をどうぞ、お姫様」
「きしょいこと言うなやるな! つーかデートって言い方はやめろよ! 普通に遊びに行くだけだろ!」
「可愛いなぁ」
おかしそうに笑ういつも通りなリョウと共に、俺はイケブクロの街へと繰り出すことになった。
イケブクロの街は今日も賑やかだ。
駅の周辺はもちろん、メインストリートとなるサンシャイン通りには常にたくさんの人がいて、ゲームセンターにショッピングにカフェに映画にと、老若男女が思い思いの時間を過ごしている。俺とリョウもその中にまじって時間を過ごした。
まず向かったのは流行りのファストファッション店。リョウが自分の服を買うのかと思いきや、なぜか俺の服を選び始めたりして戸惑いつつも、テキトーな私服しか持っていないため良い機会かとあれこれ見繕ってもらった。ARの仮想試着で十分なんだが、リョウが服は実際に着てみてこそと言い張るもんだからちゃんと試着していくことにした。
「――シュン、どうだい?」
「ああ。サイズもぴったりだし問題なさそうだ。なんか悪いな」
「好きなことをしてるだけさ、気にしないでいいよ。それじゃあ次はこれも」
そう言って、ごく自然に試着室の中に入ってくるリョウ。
「は? オ、オイ。リョウ?」
「うん、なかなか似合っているね。ああ、でも首回りが窮屈そうかな。シュンはブルベ寄りだし、やっぱりこっちのシャツの方が良さそうだ。ほら、着替えよう」
「ちょっ、おまっ」
試着していた俺のシャツに手を掛け、ボタンを一つ一つ外していくリョウ。慣れたような手つきに戸惑っているうちあっという間に脱がされてしまった。
「じゃあ次は下を――」
「っていやいやいや! 着替えくらい自分でできっから! 母親かお前は!」
「え? そんなにボクに母性を感じるかい? う~ん、我ながらそういう需要は想定していなかったなぁ。でも、そういうのも面白いね。シュンちゃん脱ぎ脱ぎちまちょうね~」
「面白くねぇわやめれっ!! いいから出てけオラ! 外で待ってろ!」
「やれやれ、反抗期の子供を持つ母親は大変だよ。育て方間違えたかなぁ」
「母親の気持ちになりきるなっての!」
というアホみたいなやりとりを済ませた後、結局リョウが選んでくれた服を一式購入。これくらいなら学生でも気にせず買えるのがファストファッションブランドの良いところだな。
「俺は助かったけどさ、お前は何も買わなくていいのか? まぁ俺に見繕うなんて出来ねぇからせいぜい感想言って褒めとくくらいだけど」
「あはは、なかなか紳士的な対応だね。そういうの好きだよ。でも今日はいいんだ。エスコート側だからね。それじゃあどんどん行こう」
「ちょ、だから手を引くなって。マジでデートみたいに見られるだろ!」
「事実じゃないか」
「虚構だわ! 俺ら制服なんだし、陽光のヤツらに見られたら勘違いされるかもしれ――ってほらもう見つかったあーあ! 先輩のお嬢様たちがこっち見てニヤニヤしてるじゃん!」
「勘違い? ――ああ、確かにイケブクロは昔から“お嬢様”たちの街だからね。ボクたちが仲良くしていると喜ぶ人もいるかもね。人を喜ばせられるなんて素敵なことだな」
「何が素敵なの!? オイ! だから手ぇ離せってぇ!」
そんなこんなで来週からの学校が憂鬱になりそうな気しかしない中、意外に力の強いリョウに引っ張られて向かったのは駅ナカのデパートだった。
ここでは『プリンセス・アーク』の最新VRマシン展示会が行われていて、“仮想現実の暮らしが叶う未来”というキャッチコピーの新製品を体験をさせてもらうことが出来た。小型のヘッドギア端末を被るだけでいい手軽さや、まるで別の世界に飛ばされたような没入感に驚いたし、もう少し技術が発展すれば俺みたいな一般人でもゲーセン並のVR環境を自宅で整えられる日が来るのかもしれないな。
「どうだいシュン。楽しかった?」
「ん、ああ。技術の進歩に驚かされたわ。確か今のマシン、シホウインさんが開発してるヤツだろ? いつかゲームにも応用されるんじゃないのか」
「みたいだね。ふふ」
「な、なんで笑ってんだよ」
「シュンの楽しそうな顔が嬉しくてね。さて、それじゃあ――」
と、そこで俺の腹が空腹を訴えてきた。朝食はアリスのところで軽くいただいたが、昼は睡眠に当ててパン一個程度しか食ってないから当然だろう。意識したらますます腹減ってきた。
リョウは俺の気持ちを察したかのように微笑を浮かべて、自分の腹部を擦る。
「軽くお腹を満たそうか。デパ地下のホッカイドウ物産展も魅力的だけれど、寮母さんの夕食が食べられるよう、今回はほどほどにしよう」
そんなわけでやってきたのは、駅の近くにある懐かしき昭和レトロなカフェであった。
1階ではパンやケーキ、焼き菓子といったスイーツ類が店頭販売され、入った瞬間良い匂いにまた腹が鳴りかけたほどである。
2階が落ち着いた雰囲気のカフェ空間になっており、ここはリョウのお気に入りらしく、焼きたてのパンやスイーツが自慢だということで注文してみたらべらぼうに美味くて俺もすっかり気に入ってしまった。お手頃なあんパンやシュークリームが絶品で、コーヒーとの相性は抜群だった。今度アリスやキティへ差し入れに買っていくのもいいかもしれない。ああ、スイーツはバンさんも喜ぶかもな。
あいつらは、やっぱり今もゲームやってんのかな。プロだし、そりゃあやってるだろうな。プロゲーマーがゲームをやらない日なんてない。プロを目指すヤツもそうだ。
なら、俺は――
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