24credit.朝まで二人で


「そんなことないよ」


 アリスはもう一度そう言って手を伸ばし、そっと俺の左胸の辺りに触れた。


「シュンくんはずっと、ゲームを好きな心を持ってるよ。誰よりも熱い“遊戯者の魂”を持ってるよ。私にはわかるの。わかるんだよ」

「……アリス」

「部活したり、放課後にサンシャインで遊んだり、こうやってまた私の家で一緒にゲームしようよ。大丈夫。私がシュンくんの魂を目覚めさせてあげる。アリス部長にお任せあれ!」


 今度は自分の胸元をぽよんっと叩いて、自信満々にそう告げるアリス。

 あんまりにも堂々とそんな宣言をするもんだから、呆然としていた俺はつい吹き出すように笑ってしまった。


「えっ!? ど、どうして笑うんですかっ?」

「いや悪い。なんか頼りがいありそうでないなと思って」

「ひ、ひどいですよぉ~! 元気になってもらいたくて、励ましたくて、一所懸命だったのに! だったのに!」


 そこでキティが「もういっかぃ~……」と突然寝言を漏らし、俺とアリスはお互いに素早く口を塞ぎ合った。


 しばしそのまま様子を見る。

 キティは起きることなくまた寝息を立て始めたので、俺たちは安心して口を解放し合った。そして声量を下げて話す。


「だから悪かったって。でも元気は出たよ。サンキューな」

「うう……それなら、いいですけど……」

「んじゃ、そろそろ俺も寝るか。――と言いたいんだけどなぁ……」 


 キティに抱きつかれている現状、俺は動くことが出来ない。まだまだゲームをやりたそうな様子で寝落ちたキティだから、もし起こしてしまったらまたゲームをするハメになるかもしれない。つーかこの状態でキティを離してベッドに連れていこうとしたら間違いなく起こしてしまうだろう。


「……どうする?」

「ど、どうしましょう……」


 困惑する俺たち。

 そのときアリスがなにやらひらめいたような顔で手をパンっと小さく叩いた。


「でしたら、もう少しだけ一緒にゲームをしませんかっ?」

「は?」

「私だけ寝ちゃうわけにもいきませんし、ここはサンドボックスタイプのゲームで二人のんびり開拓タイムなんてどうでしょう? それならお話しながらでもプレイが出来ますし、眠たくなったらここでキティと一緒に寝落ちしちゃえばおっけーですし! そうと決まればさっそくゲームを起動して……あっ、私、毛布を持ってきますね!」

「え? ちょ、オイ、アリスっ」


 そのまま俺の制止も聞かずルンルン気分でゲームを起動し、毛布を取りに行くアリス。え? マジでやんの? ――あ、始まってしまわれた。


「シュンくんはこういったゲームの経験はありますか? ハマっちゃうと本当に時間泥棒さんになる大変なゲームですよね。もし初めてだったら、ちゃんと教えますね!」


 アリスはずっと変わらずにキラキラした目で語るものだから、つい俺もまぁいいかとコントローラを手にしてしまう。つーか寝落ち前提なら今寝ても一緒じゃねぇ?


 こうして時間泥棒なゲームに明け暮れた俺たちは、外が明るくなり始めた頃に三人揃ってぐーすかとソファで寝落ちするのだった――。



******



 普段設定しているアラームなど無視するほど爆睡していた俺たちは、時計を見て絶望する。

 慌てて朝支度を済ませた後、バトラーさんが手配してくれていた自動タクシー一台でキティが中学校へ。もう一台で俺とアリスも陽光学園へと向かう。


「アリスは先に行ってろ! 俺は寮に戻っていくから!」

「はい、お気を付けて!」


 途中寮の前で下ろしてもらった俺はアリスと別れ、急いで自室へと戻る。制服や鞄は持っているから問題はないし、教科書類もすべて電子化されているのだが、今日の分の課題や体操着のジャージは部屋に置きっ放しだ。さっさと回収していけば十分間に合う!


「はぁ、はぁ、はぁ……よし!」


 なんだか微笑ましい顔をしていた寮母さんに朝の挨拶を済ませてから昨晩は何もなかったことを簡単に説明し、ようやく部屋の前へ到着。まだ始業チャイムまで十分はある!


 ドアノブに手を掛けた俺は、そこで中から話し声が聞こえることに気付いた。


『…………順調に…………じゃないかな。シュンは…………だからね、いずれ………………にも応えてくれるかもしれないよ」


 俺の名前が聞こえたため、ぴたっと手を止めてしまう。間違いなくリョウの声だった。

 ――誰かと通話でもしてんのか? なんで俺の名前が……。

 入るタイミングを失い、少し耳をそばだててみる。やはり誰かと会話しているようだった。


『……ああ、わかったよ。けれど、あまり他のことに気をとられているとキミも危ないかもしれないよ。……………………。うん、そうか。楽しみにしているよ。それじゃあね、スバル』

「……!」


 リョウは今、最後に『スバル』と呼んだ。

 まさか、あの“皇帝スバル”か?

だとしたらなぜリョウが皇帝と知り合いなのか、そしてなぜ皇帝との会話に俺の名前が出てくるのか。俺はいてもたってもいられなくなりドアを開いた。


「リョウ! 今の話って――!」


 そこに立っていたのは、上着を脱ぎかけた状態でこちらへ肌色の背を向けるリョウだった。俺は「うわっ!」と目をそらしてドアを閉める。


「ああ、シュン。おかえりなさい。そしておはよう。爽やかな朝帰りだね。お嬢様との一夜は楽しめたかな?」

「ス、スマン!」

「なんで顔を背けるんだい? 別に、ルームメイトの同性に着替えを覗かれてもボクは構わないよ。ほら、目を開けてごらん」


 チラ……とそちらを見てみる俺。

 するとリョウは脱いだ上着を胸元で抱えたまま、いつもの愉しそうな笑みを浮かべてゆっくりとこちらへ近づいてくる。小柄で華奢な体と白くきめ細やかな肌が、窓からの朝陽を受けて艶やかに光った。


「オ、オイ。リョウ?」


 ドアを背に追い詰められる俺。リョウは妖しい微笑みで壁ドンならぬドアドンをしてその小さな顔を近づけてきた。長い睫毛や薄桃色の艶やかな唇が間近で見える。かすかに花のようなフローラルな香りが鼻を通った。


「別につまらない体だろう? それともシュンは、ボクの裸を見ると困るのかな? ふふ、どうして照れているんだい? 興味があるなら、触ってみてもいいんだよ……?」

「ちょ、リョウ! や、やめっ……ぐぬぬぅっ……!」


さらにその顔を近づけてくるリョウにうろたえまくる俺。オイ! なんでリョウ相手にうろたえてんだ俺は! しっかりしろ!こいつは男だぞ! たぶん! なんか押しつけられてる胸が若干膨らんでるような気もするが男なんだ! たぶん大胸筋なんだ! たぶんんんん!!


 とかなんとか考えていたら、リョウがいつものように笑いながら下がっていった。


「あははははっ。シュンは本当に可愛いね。ほら、急がないと遅刻しちゃうよ。ボクのことはいいから先に行きなよ」

「ハッ!? やべぇそうだった! んじゃあ俺先に行くからな! ――あっ! あとお前さっき誰と俺の話してたのかちゃんと教えろよ!」

「盗み聞きなんていけない子だなぁ。わかったよ。それじゃあ後でね」


 服で胸元を隠したままひらひらと片手を振るリョウに見送られつつ、俺は部屋を後にした。


 アイツ――ホント何者なんだ!? ていうかホント男なの!?

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