23credit.選ばれし者

 少しして、パジャマ姿になって戻ってきたアリスとキティ。キティはまったく平然としていたが、アリスはコーヒー牛乳を飲み干してしばらくするまでずっと赤面したまま俺と顔を合わせることもなかった。なんかスマン……。


 そんなアリスがようやく普通に話せるくらいに落ち着いた頃には時計が零時を回っていたが、キティの熱烈な希望で眠くなるまでゲームをすることになってしまった。いや俺はもう眠いぞ。アリスもすぐにOKしたし、こいつらホントゲーム好きな。


 そしてやってきたのはアリスの部屋。

 二十畳ほどの広さがあり、大きな窓の隣にゲーミング用の物であろう高級品のデスクやチェア、モニタ、配信設備、VR端末などが用意されており、さらにその周囲にはたくさんの新旧ゲーム機やソフト、コントローラなどの付属機器までごろごろと転がっている。ズラリと並ぶ本棚には紙媒体の漫画や小説、ゲームの攻略本らしきものまで揃っていた。だいたい部屋の七割ほどがそういった趣味の物で溢れている。そして逆サイド、残りのスペースには天蓋付きのデカいベッドやクローゼット。こちらはいかにもお淑やかなお嬢様っぽい感じだなぁ。


「は、恥ずかしいのであまり見ないでくださいね。それに片付けも行き届いていなくて、その、ほ、本当はもっと整理しておきたかったんですけれど、ケーキとかいろんな準備で手が回らなくて、でもここは自分で片付けたかったので、あのっ」

「わかったわかった。それよりキティを止めた方がよくないか? 嫌な予感がするぞ」

「え? ――わぁ~~~キティそっちはダメぇ! え? なんでって? そ、それはその、そ、そっちはね、あの、お、お仕事用のコーナーなの! 最近監修させてもらってるゲームとか、執筆中のコラム記事の資料とか……と、とにかく違うゲームやろ! ね!? ほらキティの好きなバトロワしようよ! ちょうど三人でチーム組めるから! ね! だから本棚の奥の方見ようとしないで!!」


 最後の方はちょっとマジで恐かったアリスの説得により、キティの好きなオンラインバトルロイヤルFPSでチームを組んで戦っていたらあっという間に時間が過ぎ去って深夜2時頃。ソファで俺とアリスの間に座っていた元気娘キティが限界を迎え、とうとう俺に抱きつくような形でぐーすかすぴーと寝入ってしまった。アリスがゲームを終了させてホームAIに話しかけると部屋の電気が消え、柔らかな間接照明へと切り替わる。


「やーれやれ、やっと寝てくれたな……てかこれじゃ動けねぇぞ俺……」

「あはは、今日は一日お疲れ様でした。シュンくんには、ちょっと大変な日になってしまいましたね。わ、私にとっても、その、いろいろ、ありましたけれど……」

「ホントにな。てか思い出すようなこと言うなよ……」

「ご、ごめんなさい……。あの、そ、それと言いそびれてしまいましたが、さっきは、助けてくれて、ありがとう……」

「ああ、うん……」


 二人して先ほどの珍事を思い起こし、なんだかまたこそばゆい空気になる。しかしそれは居心地悪いものではなく、気付いたときにはお互い笑えていた。

 アリスが眠るキティの頭を優しく撫でながら話す。


「少し強引なやり方にはなってしまいましたけれど……たくさん一緒にゲームが出来て、今日はすごく楽しい日でした。シュンくんは、どうでしたか? 迷惑……でしたか?」

「いや、そんなことはないけどさ」


 すぐに否定する。

 単純に、俺を『サンシャイン』に歓迎してくれたアリスやホームゲーマーたちの気持ちは嬉しかった。自分でも忘れていたような誕生日を盛大に祝ってくれて、感謝しかない。


 楽しかった。

 楽しかったはずなんだ。

 それでもハッキリとそう答えられないのは、やはり、俺のゲームへの熱が冷めたままであるせいだろう。


 アリスが言う。


「一緒にゲームをすると、誰とでもすぐに仲良くなれますよね。小さな頃から、ゲームはいつも私のことを助けてくれました。だから私、ゲームが大好きなんです」


 そう語るアリスの目は優しい。彼女は心からゲームへと愛と熱を持っている。だからこそアリスはゲームにも愛される。


「お前、ホントにゲームが好きな」

「シュンくんも、ですよね」

「俺……俺は……」


 少し悩んで出たのは、こんな言葉だった。


「そうだな。俺もゲームが好きだった。ずっと好きだったよ。キョウみたいに強くなりたいと思って、毎日飽きずにいつまでもやってた」


 そんな俺の言葉を、アリスは静かに聞いている。


「けど、キョウがいなくなって。家族が、一番のライバルだと思ってたヤツがいなくなってさ、なんか、途端に冷めちまったんだ。それからは誰とどんなゲームをしても、あの頃みたいに熱くなれなかった。そんな自分をなんとか奮い立たせたくてプロ試験を受けたけど、ダメだった。陽光に来たのだって、ひょっとしたらって気持ちもあったからなんだ。だから気付いちまったんだよ。俺は、ゲームが好きじゃなくなったんだって」

「……シュンくん」

「“ゲームを愛する者はゲームに愛される”。伝説のプロゲーマーマツさんが言ってたろ。そういう選ばれたヤツだけが“遊戯者の魂”に目覚めるんだよ。キョウやアリスを見てりゃわかる。ただ、俺がそっち側の人間じゃなかったってだけなんだよな」


 乾いた笑いが漏れる。そう。俺はゲームに選ばれた人間じゃない。きっとキョウはそのことをわかっていたから、俺との約束を守らずどこかに消えたんだ。もっと強いヤツを求めて。


「そんなことない」


 俺は、ゆっくりそちらを見た。

 アリスが、真剣な瞳で俺を見つめている。

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