第四章 お泊まり会

20credit.サプライズ

 こうしてアリスの家に一泊することになってしまった俺。

 玄関の時点ですでに引くほど豪華であったが、中はその比ではない。ビルの最上階を丸ごと家にしてしまったトキノミヤ家は当然ながらめちゃくちゃ広く、絵画の飾られた廊下は美術館のようで、数え切れないほどの部屋数があり、あちこちの窓から見える夜景は絶景の一言。客室もいくつも用意されていて、普段から執事バトラー家政婦メイドさんが世話をしてくれるらしい。さながら超高級ホテルの最上級スイートといった趣である。さすがはご令嬢の実家だ。


「シュンくん。こちらです、どうぞ」

「ああ。お邪魔しま――ん?」


 案内された部屋で困惑する俺。なぜならその部屋が真っ暗だったからだ。カーテンすらすべて閉じられているようだ。


「オ、オイ? アリス?」


 気付けば隣に彼女の気配を感じない。まるで暗闇の迷路にぽつんと放置されてしまったかのような状況に少し戸惑う。何かよくわからん物音が聞こえてくるのがちょっと怖かった。


 そのとき――パッと穏やかな光が灯った。


「…………オイオイ、マジですか…………」


 さらに呆然と立ち尽くす俺。

 テーブルの上で光るのは、ウェディングケーキかよというくらい大きなケーキ。そのロウソクの灯りだったのだ。

 バトラーさんとメイドさんが一斉に部屋中のカーテンを開く。

 大きな窓から見えたのは、イケブクロの、トウキョウの目映いほどの夜景。

 今ならよくわかる。この広すぎるリビング全体が煌びやかに飾り付けられていた。

 巨大すぎるケーキの上には、『シュンくんお誕生日おめでとう』という大きなチョコのプレートが掛かっている。

 いつの間にか陽気なパーティー帽子を被っていたアリスがハッピーバースデーの歌を歌い始める。すると同じ帽子を被ったキティとバンさんまで登場し、さらに同じ帽子を被ったバトラー&メイドさんたちと俺の方へデジタルクラッカーを向けた。


 歌が終わったところで、アリスが言う。


「シュンくん、お誕生日おめでとうございます♪」


 その言葉と共に、皆がパン、パンとクラッカーを鳴らしてくれた。キラキラした立体映像の紙吹雪が俺を覆い尽くす。


「ハッピーバースデートゥユー! おめでと~シュン!」

「出会ったばかりでなんだがな。おめでとう、シュン」


 キティが抱きついてきて紙吹雪が散っていく。バンさんも一声掛けてくれた。

 さすがに驚いてしまった俺は、目をパチクリとさせながらしばし言葉を失っていた。

 拍手と共に、皆の注目が集まる。

 いろいろと言いたいことはあったが、ひとまず、一言だけ伝えておくことにした。


「……ええと、ありがとうございます……」


 さすがに恐縮して気恥ずかしくなってしまった俺に、アリスも皆も柔らかな顔で笑った。


 それからようやく落ち着いたところで、アリスやキティと共にテーブルを囲んでケーキを頂く。いろんなゲーム機の形をした細工菓子や色とりどりのフルーツが載せられたケーキは程よい甘さで、体の疲れを癒やしてくれた。


「シュンくん。お、お味はどうでしょう?」

「ああ、ウマイよ。さすがトキノミヤ家。こんなケーキまで用意出来るんだな」


 どこかホッとした様子のアリス。おそらくは有名な店に発注してくれたのだろう。気を遣わせて悪いなと思いつつ、俺は高そうなグラスに注がれたミネラルウォーターを飲み干してから話す。


「つまり、これが“優しいサプライズ”ってわけか。まさかキティやバンさんまで噛んでたとはなぁ。キティ、サンシャインに泊まるってそういうことかよ」

「えへへ! あたしもお願いしてまぜてもらったの! でもアリス、ホントはシュンと二人っきりが良かったんだよね?」

「む、そうか。邪魔をしてしまったか……」

「ええっ!? そ、そ、そんなことはっ! も、もう~! キティは余計なこと言わないでケーキ食べてて! バンさんも気にしないでいいから!」

「はぁい☆」

「そ、そうか」


 素直にパクパクとケーキを食べていくキティ。すごい勢いで減っていくケーキを切り分けるメイドさんが少しばかり焦っていた。キティってホントに大食いなのな。なるほどそれで一部に栄養がたんまりと……。


「シュンくん……どこを見てるんですか?」

「えっ!? い、いやそりゃケーキに決まってるだろ? はは! いやぁこのケーキマジですごいよな! 相当高かったんじゃないか?」


 アリスがジト目を向けてきたのでケーキを食べてごまかす俺。

 するとバンさんがつぶやく。


「ああ、これはアリスの手作りだぞ」

「えっ?」

「シュンのためにと頑張っていてな。その分、よく味わってやってくれ」


 バンさんの返しに呆然とする俺。は? 手作り? このバカデカバースデーケーキが!?

 ちょっぴり頬を赤く染めたアリスがわたわたしながら言う。


「あのっ、で、でも私一人じゃなくって! 私、お料理があまり得意ではないので、むしろ、ほとんどバンさんに手伝ってもらって……」

「うらは計量や力仕事で多少手を貸しただけだ。作ったのは間違いなくアリスなのだから自信を持て。レシピ通りの良い出来だぞ」

「あのねシュンっ、バンってスイーツ作りが趣味ですっごい上手なんだよ! ネットでお料理番組もやってるくらい! 今度あたしにもまたケーキとかクッキーとか作ってほしいな~!」

「いいだろう」


 二つ返事で受け入れるバンさんと喜ぶキティ。このガタイでスイーツ作りが得意なバンさんにも驚かされたが、アリスの手作りという事実にもっと驚く。いやいやマジかよ。こんなの一般家庭で手作りとか出来るもんなの? いやこの家は一般家庭じゃないけどさ。


「うう……手作りだとドン引きされちゃうかもと思って黙っていたんですが……」

「ああ……そ、そういうことか。いや別に引きはしないけども」

「ほ、本当ですか?」

「ホントホント。まぁ驚いたけど、美味かったしな。ってそれじゃあ、今日は最初からこうするつもりで俺をサンシャインに連れていったのか?」


 そう尋ねた俺に、アリスは少し照れた様子で話す。


「じ、実はそうなんです。あ、だからといってサンシャインでの歓迎会がついで、というわけではないですよ! 歓迎会とお誕生日会、どちらも一緒に出来たら喜んでもらえるかなって」

「なるほど……でもいろいろ準備大変だっただろ? あー、その、わざわざありがとな」


 さすがに俺の方まで照れてきてしまったが、アリスがパッと明るい表情を見せてくれたからまぁよしとしよう。

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