17credit.休憩所のひととき


「……シュンくん? だ、大丈夫ですか……?」


 アリスが心配そうな顔でこちらを覗く。


「大丈夫じゃねぇよ……マジで地獄だったぞアレ……そりゃクレイジーゲーセンになるわ」

「む、無理をさせちゃってごめんなさい。あの、こちらお水です」

「ああ、サンキュー」


 サンシャイン1階のちょっと広めな休憩所。近くには授乳室やトイレ、自動販売機などもあり、騒がしいゲーセンの中でも静かに休めるスペースだ。ソファーにぐったりしていた俺にアリスがミネラルウォーターのペットボトルを手渡してくれて、さっそくいただくことにする。


「少し横になった方がいいかもしれませんね。よければどうぞ」

「は?」


 アリスがポンポンと軽く自らの膝を叩く。そして呆然とする俺の肩をごく自然に掴み、倒した。俺の頭はアリスの膝上に乗せられ、膝枕をされる形になる。


「いや……オ、オイ、アリス?」

「私のせいですから。本当は、上の階にある私のお家で休んでもらいたいのですけれど……い、今はちょっと準備中でして……」

「準備中?」

「ああいえなんでもないんですっ! と、とにかくこれくらいしか出来なくてごめんなさいなんですが、今はこちらで我慢してもらえますと……」


 もじもじそんなことを言いながら赤面していくアリス。いや我慢とかそういう話ではないんだが……しかしここまでされてすぐ起き上がってしまうのもこいつに悪いような気がして動けなくなる。同級生の女子に膝枕されるとか、なんなんだよこの恥ずかしすぎる状況……つーか空気がこそばゆいしなんか話でも振らないと耐えられん。


「あー……そのだな、次からはああいうサプライズはやめてくれよ。身体がもたんわ」

「えっ!」

「オイ。『えっ』ってなんだよ『えっ』って。まさかまたやるつもりだったのか?」

「あ、い、いえ、その、えっと……や、優しいサプライズなら、いいですか……?」

「優しいサプライズってなんやねん……いやまぁそれならいいけど……」

「よ、良かったです。それにしても、サンシャイン名物のデスロードをあっさりクリアしちゃうなんてすごいです。みんな驚いていましたよっ。骨のある新人が来たって!」

「そうかぁ? 割とボコボコにやられてたけどな」


 やけくそになって途中からは勢いだけでプレイしまくったからあまりよく覚えてはいないが、むしろ骨があるのはサンシャインのゲーマー達だと思うぞ。特に最初の方に闘ったヤツらはかなりの腕前だった。


「いや、ホントにどいつもこいつも上手かったな。プロの仲間も多いんだろ?」

「はいっ、自慢のゲーマー仲間たちなんです! 私が『サンシャイン』をホームに決めたときも、みんながああやって歓迎会をしてくれて。『プリンセス・アーク』のトキノミヤ・ユキノの娘ではなく、一人のトキノミヤ・アリスとして接してくれたことがすごく嬉しくて。だから、シュンくんにも是非紹介しておきたくて、今回ご協力していただいたんです」

「そりゃありがたいこった」

「でも……やっぱり強引でしたよね。ごめんなさい、シュンくん」

「あー、いや、もういいよ。しっかし、あれだけ対人戦したの久しぶりだな」


 本当に、いつぶりだろう。あんなにゲームをやったのは。


 昔のことを思い出した。

 夏休みにキョウと永遠に遊んでいたあの頃。

 はじめてイケブクロに来て心が躍ったあの頃。

 俺の世界はゲームだった。家族とゲームで繋がり、友達とゲームで繋がっていた。

 あのとき感じていた言葉に出来ない“何か”が、今も俺の中のどこかに眠っているような気がした。


「……思い出してほしいよ」

「……え?」


 頭上でぼそりとつぶやいたアリスの瞳は、なんだか切なそうなものに見えた。


「シュンくんの心はね、きっと、少し疲れてしまっただけなんだよ。大切なお兄さんがいなくなっちゃったんだから、当たり前だよね。きっと、ゲームから離れる時間が必要だったの」

「……アリス……」

「それでも、シュンくんの魂は変わらない。この胸の奥で、ちゃんと、誰よりも熱い気持ちが眠っているの」


 そう言うと、アリスは俺の胸元にそっと手を当てて。


「また、ゲームを好きになってほしいな。それでね、もう一度ゲームをやりたいってシュンくんが心から思ったときに、大切な気持ちを取り戻したそのときに、私がそばにいたいなって、そう思うの。一番最初に、私が闘いたいから」


 アリスはいつもの敬語ではなく砕けた言葉遣いで、ふっと優しく微笑んだ。


 ――不思議に思う。


 家族のように。古くからの友人のように。ライバルのように。

 寄り添っていてくれる彼女は、俺のことをよく解ってくれているような気がした。


 胸の奥がざわつく。

 なぜアリスはここまで俺にこだわるようなことをするのだろう。

 俺は、彼女に何か大切なことを伝えなければいけないと思った。でも、それが何かわからない。



「……なぁ、アリス。俺さ、お前とどこかで――」



 そのとき――授乳室の扉が突然『バーン!』と音を立てて開いた。


「うおっ!?」と驚いて身を起こすと、中から金髪の女の子が飛び出してくる。先ほどのデスロードでも真っ先に闘った金髪碧眼の外国の女の子だった。


「んもー遅いよぉアリス! 待ってられないからもう出てきちゃった!」

「ええっ!? キ、キティ! 呼んだら出てきてねって言ったのに!」

「だって二人だけで仲良くしてるのずるいずるーい! あたしもまぜてー!」


 金髪の少女はダッシュで駆け寄ってくると、青い目を輝かせながら両手を広げ、その勢いのまま俺の方にダイブしてきた!

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