15credit.校外学習

「――それでは今後のスケジュールを電子プリントにて配布し、本日は終了とします。皆さんお疲れ様でした。ゲームも良いですが、宿題もしっかりしてくださいね」


 すっかり聞き慣れたチャイム音が鳴り響き、アマミ先生が教室を去ると皆が席を立ったり話し始めたりする。俺は転送されてきた学内イベントスケジュールのホログラムデータを指で弾き、チェックしていた。


「試験は6月、か……」


 ランカー試験。以前にアマミ先生が話していた陽光独自のランクシステムだ。プロの試験と同じように、その結果次第で学内順位がハッキリと決定される。ゲーマー世界の実力主義を体感するためには良いシステムなんだろう。


「お疲れ様です、シュンくん」

「ああ、そっちもな」


 隣にやってきたアリスへそう返すと、彼女は俺の見ていた電子プリントに目を向けた。


「皆さん、早くもランカー試験に向けて熱が入っていますね。さすがはニホン随一のプロゲーマー輩出率を誇る陽光学園です。私も負けていられません」


 そう言って、ぐっと両手を握りしめるアリス。

 陽光学園のランクシステムは、ただ学内で順位付けをするだけのものではない。ここでのランクはそのまま未来のランクにも直結するからだ。

 たとえば高ランクの陽光生徒はプロゲーマー試験でいくつかの項目を免除されたり、受かれば最初からCクラス以上に所属出来ることもあるし、就職の際にクリエイターとしても優遇されたりと大きなメリットがある。だからこそ、ほぼすべての生徒達がこの試験のために日々をゲーム漬けで過ごしていくのだ。

 そしてそれはプロになっても変わらない。


「しかしアリスは大変だな。陽光のテストはともかくとして、さらにプロのランカーバトルがあるんだからさ」


 そう、プロにはプロの試験がある。

 WPGA主催――“EGIS・プロフェッショナルランカーバトル”。

 これは世界すべてのプロゲーマーが参加出来る3ヶ月に一度の世界的試験であり、その成績次第でプロとしてのランクが変動し、ランク上位100名のSクラスゲーマーだけが年末に行われる世界選手権へと参戦出来る。要はゲームのオリンピックみたいなものだが、俺の兄キョウはその世界選手権に初出場で優勝したことで一躍業界のトップに立った。


「ま、アリスとしてはプロランクの方が重要だろうし、こっちの試験はほどほどでいいんじゃないか?」


 軽い気持ちでそう話した俺に、しかしアリスは――


「いいえ。私にとってはどちらも同じ真剣勝負です。手を抜くことはありえません」

「……!」

「ゲームにはプロもアマチュアも関係ありません。実力がすべて。ライバルは全員倒します。私はそのために陽光ここへ来たのですから」


 真剣な表情で語るアリスの瞳には、どのクラスメイトよりも熱いモノが宿っているように見えた。その静かな気迫に俺はつい呆然とする。

 と、そこでアリスが俺の手を取った。


「あの、シュンくん。それで今日の部活動についてですが……校外学習にしませんか?」

「は? 校外学習?」

「はい。私の『ホーム』に招待します。シュンくんには学園のことはもちろん、プロの世界も知ってほしいですから。キョウさんを見つけるためにも」


 アリスはニコッと微笑み、そのまま俺をある場所へと連れていった。



 ****



 そうしてやってきたのは、あの日も訪れた場所。見上げるほどの巨大なビルが、トウキョウの狭い空へ伸びるように鎮座している。


「『サンシャイン』……ってそりゃそうか。アリスの『ホーム』はここだよな」


 納得する俺。

 プロゲーマーの『ホーム』とは、所属登録しているゲームセンターのことを指す。

 普段の練習や遊びの場としてはもちろん、ホームプロとして指導業務などもこなし、所属者の多い有名処のゲーセンはランカーバトルの会場になったり、ゲーセン同士での交流戦なども日々活発に行われている。

 また、アリスのようなプロはテレビやネット番組などのメディアに出演することも多々あるが、『ホーム』はそのマネージメントなどもしてくれる。いわば戦場であり職場であり事務所みたいなものだ。世界最強と云われたキョウの元ホームでもあり、現世界王者ハクバ・スバルのホームでもあるため、サンシャインは世界で最も有名なゲーセンの一つと言えるだろう。


「少し勿体ぶっちゃいましたね。行きましょう、シュンくん」

「ちょ、ちょっと待てって。ていうか手は離してくれよ、恥ずかしいわ」


 なぜかさっきから手を繋がれたままだったため、さすがに羞恥心からそんな発言をしたのだが、アリスは少し不機嫌そうにムッとした。


「イロハさんは良くって私はダメなんですか?」

「はっ!? え? いや、な、なんで知って」

「イロハさんはとっても美人で可愛らしいですもんね。気さくだし優しいし胸も大きいですし、声を掛けてもらったらついデレデレしちゃってお店に入っちゃうのも納得です。無理もないですよね!」

「いやいやそんなんじゃないって! なんで怒るんだよ!?」

「怒ってません。いいから新入部員は部長の命令に従ってください。それでは行きますよ」

「いやお前も新入部員だろ……はぁ。んで、校外学習ってのはなんだよ。ここで一緒にゲームするってことか?」

「それもあるのですが、私だけとでは飽きてしま――はっ! いえ私は飽きませんしシュンくんにも飽きてほしくないですし飽きさせない努力はしますがそういうことではなくってやっぱりゲームには新しい刺激が必要でそれにはきっと新しい方との出会いが――!」

「わかった! わかったから落ち着け! 入り口で騒ぐな迷惑だろ!」

「えっ!? ――あっ、ご、ごめんなさい! 皆さんすみません!」


 周囲にぺこぺこと頭を下げる部長。「あの子アリスちゃんじゃん!」と一般客からわかりやすい視線を向けられていた。そりゃお前が騒げばこうなるんだよ。


「は、恥ずかしいです……と、とにかく行きましょうシュンくんっ」

「はいはい……ったく、どうして俺なんかをそんな……」


 強引な部長に手を引かれるまま、『サンシャイン』の店内へと足を踏み入れる俺だったが――



「…………は?」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る