13credit.ルームメイト

 そんなわけで昼から夕方までぶっ続けでゲームをさせられまくった俺は、親指に昔懐かしいゲームダコの感触を覚えながら寮へと戻ってきた。まさか授業もない入学式初日にこんな目に遭うとは思ってもなかったぜ。


 そして自室の扉を開けると――


「おかえりなさい。それとはじめまして、だね」


「うおっ」と驚く俺。同じ陽光の男子制服を着た人物が、窓際に置かれていた植木鉢に水をやりながら俺の方を見ていた。おそらくは昨日現れなかった同居人だろう。


「ええと……相部屋の?」

「そうだよ。ボクはルームメイトのナナミ・リョウ。そしてこちらが挨拶代わりの東京銘菓『ぽんぽこひよこ』。お納めください」

「ああこれはどうもご丁寧に。俺はマナカ・シュン。よろしくな」

「リョウでいいよ。よろしくね、シュン」

「ああ」


 ころころに太ったひよこがなぜかギャン泣きしているデザインが人気な銘菓を受け取り、鞄と共に机に置いてから改めて同居人の方を見る。

 水やりを続けるリョウは、小柄でスラリとした体型の小綺麗な印象だった。ボブカットが似合う顔立ちはよく整っていて、声は高いし肌は白いし指も細長いしと、一瞬文学少女なのではないかと思ったくらい中性的な容姿に見える。

 そんなリョウがチラッとこちらに視線を向ける。


「なぁに?」

「ああいや、一瞬お前が女の子に見えてさ。悪い」

「バレちゃった」

「え?」

「こんなに早くバレるなんて予想外だなぁ。シュンはなかなかイイ眼を持っているね」

「は? オ、オイ……?」


 リョウが近づいてきて軽く屈むと、ずいっと下から覗き込むように俺の顔を見てくる。

 長い睫毛と大きな瞳。ふわりと香るシャンプーか何かの良い香り。

 思わずのけぞった俺だが、リョウの愉しそうな目を見て真意に気付いた。


「なんちゃって。ボクが女の子なわけないじゃないか。そもそも学園寮は男女別になってるんだからさ」

「ってなんだよやっぱり冗談か! からかうなよ!」

「からかい体質なんだ、ボク。ともかくこれからよろしくね」

「なんだよその体質……」


 差し出された手を取り、握手を交わす。手も小さいし、華奢な体つきといい、さっきの冗談のせいかやっぱり見れば見るほど女子に思えてきた。いやほんとに男かコイツ。

 するとリョウがクスッと小さな笑みを浮かべて、


「そんなに気になるなら、制服の下、見てみる?」


そのまま妖しい手つきで制服を脱ぎ始めようとした。俺は慌てて止めに入る。


「いらんいらん! だからからかうなよ!」

「あははは。シュンは可愛いね。ボクみたいに人をからかって遊ぶ悪趣味な子には気をつけた方がいいかな」

「自分で言うな自分で! つーかリョウ、今日こっちに着いたのか? 入学式は?」


 上着を脱いでベッドに腰掛ける。アリスにもリョウにもからかわれてきたせいか、なんだかどっと疲れてきたぞ。


「もちろん出ていたよ。入寮が少し遅れちゃっただけさ。それと、ずいぶんと殺風景だったから花を飾ってみたんだけど、どうかな? 真っ赤なゼラニウムだよ」

「ふぅん、まぁいいんじゃないか」

「花を育てるのが好きなんだ。それにしてもこの部屋は物が少ないね。他の子はたくさんゲームを持参してると聞くけど、シュンは持ってこなかったのかい?」

「ん? ああ、まぁな。お前こそ言うほど持ってきてなさそうだが」

「そうだね。陽光ならゲームにも相手にも困ることもないかと思って。申請すれば部活も好きなだけ出来るし、24時間営業のゲームセンターもたくさんあるじゃない」

「そりゃそうだ。今の時代は治安もめちゃくちゃいいしな」

「うん。ここはやっぱり良い学校だよね。これからの生活が楽しみだよ」


 花を見つめながら語るリョウ。実際、 プロゲーマー志望者にとって陽光学園ほど居心地の良い学校は全国にもそうないだろう。だからこそ入学は狭き門なわけだが。


「……リョウもプロゲーマーを目指してんのか?」

「うん? ……まぁそんなところかな。シュンは?」

「俺は……」


 答えるのにためらう。俺は、何をしにこの学校に来たんだろう。


「いや俺のことはいいんだよ。お前の話だお前の」

「そんなにボクのことが気になるの?」

「えっ」


 リョウは突然また俺の方に近づいてくると、妖しげな瞳を向けながらこちらのベッドにそっと膝を乗せてきた。後ずさりする俺の後方――壁に手をつき、耳元でささやいてくる。


「そんなに知りたいなら……いいよ。ボクのこと、ぜぇんぶ、教えてあげようか……」


何やら妙な緊張感からぞわっと身震いする俺を見て、リョウが少し間を置いたあと「ぷふっ」と笑いを漏らしてベッドから降りた。


「あははは! シュンは本当に可愛いね。素敵なルームメイトで良かったよ」

「……だああああお前なぁ!」

「あ、もうすぐ夕食の時間だよ。行こうかシュン。これからも仲良くしようね」

「…………はぁ~~~」


 リョウが伸ばしてきた手を掴み、俺もベッドから立ち上がる。

 入学初日からアイドルプロゲーマーに捕まって変な部に入れられ、厄介そうなルームメイトに目を付けられ、これから俺はこのゲームだらけの特異な環境でやっていけるのだろうか。さすがにちょっと不安にもなるってもんだった。

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