10credit.“遊戯者の魂”

 いきなり告げられた言葉に思わず手を止める俺。キャラ選択のタイムリミットが迫る。

 アリスは静かに俺の目を見つめながら話す。


「受験資格を得られる15の歳にプロテストを満点合格した後、その年の暮れには史上最短でSクラスに到達、世界ランクトップ10に名を連ね、世界大会では圧倒的な力を見せつけて優勝し、名実ともに世界のトップへ。以来、すべてのゲーマーの憧れとして頂点に立ち続け――そして、突然行方不明となってしまった孤高の天才ゲーマー」

「……なんで、急にその名前が出てくるんだよ。ひょっとしてお前、キョウと、その……特別な……」


 そう尋ねると。

 彼女はなぜかムッと顔をしかめた。


「お前じゃないです」

「え? あ、ああすまん。ええと、アリス……」


 多少照れながら名前を呼べば、彼女は満足そうにうなずいて、一転笑顔に戻って続けた。


「そんな関係ではないですよ。先ほど言ったように、単に憧れのゲーマーであっただけです。一度も勝てなかったから、悔しくて」

「そ、そうなのか……」

「今でもキョウさんと闘いたいゲーマーは大勢いますし、私もその一人です。だから、ずっとキョウさんを捜しているのですが、いまだにほとんど手がかりもなくて……」

「キョウを……捜してるのか?」

「はい。すべてのゲーマーが目指すべき境地。そこに最も近づいていた方。最強の“遊戯者の魂”を持つ者。あの人に勝つことは、すべてのゲーマーの目的でなければありませんから。それにキョウさんは、私にとって…………あ、始まりますよ」

「え? おわっ」


 すっかり忘れていたキャラ選択のタイムリミットがやってきて、ほとんど使ったこともないロボットキャラのトートスになってしまう。いやコイツのコマンドさすがに覚えてねぇって!

 そして当然ボッコボコにされた俺と比べて、アリスは昨日まで猛特訓していたのかなというくらい完璧にキャラを使いこなし、コマンドミスさえありはしない。なによりもキャラの挙動な技の発生タイミングなどをいまだに覚えているようだった。


「はー負けた負けた。インタビューとかネットの記事で読んだことあるけどさ。アリス、お前ってホントに今までプレイしたキャラのコマンドとか射程、発生フレームまで覚えてんのか?」

「はい。私、一度プレイしたゲームの内容や一緒にプレイした人のことは忘れないんです。トートスはコマンドが複雑ですけど、慣れれば使いやすいですよ。それに可愛いですし!」

「いや可愛くはねぇけど。すげぇな。さすがSランクプロの“遊戯者の魂ゲーマーズソウル”ってことか」

「そんなことないですよ。私の“遊戯者の魂”で覚えていられるのはゲームのことだけで、学校やお料理の勉強には役立ってくれませんから。どういう仕組みなんでしょうね」


 苦笑してそう離すアリス。


 ――“遊戯者の魂ゲーマーズソウル


 一握りのゲーマーのみが到達出来る、全てのプロゲーマーの目指す境地。魂の解放。

 5年前に天才ゲームプログラマー『シホウイン・モモコ』が開発した初のVR格闘ゲーム『ゲーマーズソウル』から生まれた用語であるため、そう呼ばれている。

『ゲーマーズソウル』というゲームの一番の特徴――“プレイヤーの精神状態をダイレクトに反映する”という『ダイレクトリンクシステム』は、限界まで集中力を高めたプレイヤーの脳のリミットを“一時的に解除する”効力があり、その結果、一種の特殊能力のようなものに目覚めるヤツらが現れた。

 これはスポーツにおける“ゾーン”のようなものだと言われているが、この時代のトッププロたちのほとんどが“遊戯者の魂”に目覚めて才能を開花させたゲーマーであり、もちろんアリスもその一人だ。そういった理由もあって、この特別なゲームは世界中で“EGIS”の中心になっている存在なのだ。


「私も、それなりの鍛錬を積んできた自負はあります。けれどまだまだ足りません。キョウさんに匹敵するほどの“遊戯者の魂”を持つ者は、現状ハクバ・スバルさんくらいでしょう」


 アリスの言う通りだ。

 キョウのちからは特別で、未来を視ることが出来たという。弟である俺もよく知らなかったが、世間ではそれがキョウの“遊戯者の魂”だと云われている。特に熟練者同士のゲーム対戦ではわずかな挙動とフレーム差による読み合いが勝敗を分けることも往々にしてあり、その世界を確実に捉え限界を超えた反応速度を持つキョウはまさに最強で無敵だった。特に対人ゲームにおいてキョウの強さは人の限界を超えている。


 だからこそ――キョウは俺の目標であり、ライバルだった。


 アリスが超必殺技を使って勝利したところで言う。


「シュンくんは、ひょっとしてキョウさんのご家族ではありませんか?」

「っ!?」

「その表情は当たり、でしょうか」

「……なんで、わかったんだ?」

「目を見ればわかります」

「え?」


 アリスはコントローラを離して俺の頬に両手を添えると、じっと目を見つめてきた。


「シュンくんの目は、キョウさんにそっくりですから」

「オ、オイ……」

「どこかクールで人を寄せ付けないような素振りをするけれど、その奥では誰よりも熱い魂を燃やしている。私には、わかるんです……」


 彼女の顔がゆっくりと近づいてきて、俺はつい動けなくなる。俺から見たアリスの瞳にこそ、熱いモノが宿っているように思えた。

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