9credit.『FS部』
こうしてトキノミヤから半ば強引に連れてこられたのは、校内のバカデカい部室棟――その中の一室だった。扉の上のプレートには『FS部』と書かれている。いやなんだよFSって。
「こちらです。どうぞ、お入りください」
「あ、ああ……」
新入生ながらなぜか鍵を持っているトキノミヤが扉を開け、多少緊張しながら入室する俺。
その部室は一般的な教室の半分くらいの広さで、二台の机が設置されており、その上には二台のノートパソコンとゲームパッド、小型の家庭用VR端末、また大昔のレトロゲーム機などが用意されていた。見たところ普通にゲーム部っぽいが……。
「なぁ、ここって」
「私が今日作ったばかりの部なんです。ゲームはまだこれらを持ち込んだばかりで、部員も、当然ながら私一人だけです」
「今日!? 新入生のお前がもう作ったのか!?」
「はい。どうしても自分の部が欲しくて。だからその……さ、最初のお客さんですね!」
「客て……すげぇ行動力だな」
詳しく話を聞けば、入学前から学園側に部の申請をしていたらしい。トキノミヤは既にプロとして活躍しているゲーマーだから既存の部に入ることはいろいろためらわれたらしく、それでも高校生らしい学園生活がしたいということで、他の人に迷惑を掛けないよう部を作ったのだとか。まぁ、コイツがどっかの部に入ったら混乱と争いが起きそうだしな。
とか思っていると、トキノミヤが置いてあったゲーム機の一台を手に取り、俺の下へ駆け寄ってくる。そして嬉しそうな顔でそれを差し出した。
「じゃーんっ、です」
「うおっ!? オイオイオイ! プレイギア専用移植版の『ファイティングスターズ』かよ! 50年以上前の激レア格ゲーじゃん!」
「よくご存じですね」
「ああ! 地元のちっこい駄菓子屋にアーケード版初期のFSが置いてあってさ、小さい頃よく遊んでたんだよ。懐かしいな。初めてイケブクロに来たときも『サンシャイン』でこいつがまだ稼働してたのに感動してついついプレイを――」
と、思い出を語りかけていた俺はハッと隣を見る。トキノミヤはニコニコしながら俺を見つめていた。
「んん……ま、まぁ俺の話はいいとしてだな。つーかひょっとして、『FS部』ってのはファイティングスターズのことか!?」
「その通りです。急いで部の名称を考えなくちゃいけなかったので、仮名、ではあるのですが。あっ、もちろんFSのみをプレイするわけじゃないですよ!」
「ふーん。そんなにFS好きなのか?」
「はい! 思い出のゲームで、大好きなんです!」
即答したトキノミヤの笑みと言葉に、少しだけドキッとさせられる。
するとトキノミヤはもじもじとちょっぴり恥ずかしそうにこちらを見た。
「あのう……久しぶりに、一緒にプレイ、しませんか?」
「は? FSを?」
「はい!」
「お前、それが目的で俺を連れてきたのか?」
「はい!」
「……言っておくけどさ、俺はこの部に入るつもりはないぞ」
「構いませんよ。一緒にプレイしてもらえれば、それで」
まるでそれだけが目的であるかのように、トキノミヤは屈託のない笑顔で俺にコントローラを差し出す。
……別に早く帰ってもやりたいことがあるわけではない。何よりも外に出ればまだまだ部活勧誘が激しい状況だろう。少し時間つぶしをしていくにはちょうどいいか。
「はぁ、わかったよ。んじゃ少しだけな」
「はい!」
きっとこいつは本当にFSが好きなんだろう。
早速モニターにレトロなゲームをセッティングし始めるウキウキなトキノミヤの姿を見ていたら、久しぶりに遊ぶのも悪くはないかと思えた。
「――ってお前強すぎだろうがッ!! ファン師匠のクセの強さを逆にブラフとして利用しながら完璧に全射程と挙動把握出来てんのバケモンだわ! 一勝も出来ねぇよ!」
「数戦でそこまでわかるなんて、本当によくご存じです! そちらのゲイルも長いブランクがあるとは思えない素晴らしい動きでした。コマ投げローリングゲイルもミスなく扱えていましたし、先ほどのリバサ投げを読めていなければ負けていたのはこちらでした」
「慰めどうも。やっぱSランクプロの“
「そ、その呼び方は恥ずかしいのでやめてください……それよりも、もう一戦! 行きましょう!」
「まだやんのかよ」
「お願いしますもう一戦!」
「わーったわーった。はしゃぐなって」
「やったっ。じゃあ次はエイミで」
「そっちも使えんのかい。しかもまたクセの強い重キャラ」
嬉しそうにキャラクターセレクトを始めるトキノミヤ。じゃあ俺もエイミと相性の良いヤツを……とカーソルを動かしながら話す。
「トキノミヤ。それで朝に言ってた話したいことってのはなんだよ」
「アリス、と呼んでもらえませんか? 私もシュンくんとお呼びしたいですから。それに、マナカという名字には別にお知り合いがいるので、そうしたいんです。ダメでしょうか?」
「え? いや、ダメじゃないけどさ……別の知り合いって?」
「マナカ・キョウさん。何度か対戦をした、憧れのプロゲーマーのお一人です」
「!!」
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