第二章 陽光学園

7credit.入学式の朝

「はぁ~……まだヒリヒリするわ……」


 翌朝。あの衝撃的なビンタによっていまだに頬がひりつく俺は、げんなりする気持ちとは裏腹にスッキリと晴れ渡った空の下で寮を出て、すぐそばの学園へと向かっていた。

 今日は入学式とクラス分けくらいだろうし、さっさと終わらせて帰ってこよう。しかし、同居人は結局昨日のうちに現れなかったが、引っ越しが遅れたりしてんだろうか。


「……ん?」


 なんて思いながら校舎に向かっていたら、正門のところでちょっとした人だかりが出来ていることに気付く。制服姿の生徒たちが何かを囲っているようだ。

 なんだなんだかと近づいてみると――


「うっそぉ! マジで本物だっ! ホントに陽光の入学生なんだぁっ!」

「顔ちっちゃい髪キレーお嬢様オーラすご~~~~い! あの、サインくださいサインっ」

「うおおマジかよ! あ、でも確かあの会社ってイケブクロにあるんだもんな!」

「オレたちとタメってことじゃん! アイドルと一緒なんて最高の学園生活だわ!」


 なるほど、どうやら有名人でもいたらしい。

 この陽光学園はプロゲーマー育成のカリキュラムが充実した都内随一の“EGIS”校として知られているから、各界著名人の子供なんかが通わされてきたりする。ま、俺は別にそういうのには興味がない。

 てなわけで、朝から青春を謳歌する一同を横目に俺はさっさと正門をくぐろうとしたのだが――


「ご、ごめんなさい。私、人を待っていて――――あっ!」


 誰かが声を上げたのでふとそちらを見てみれば――


「――んげっ!? ト、トキノミヤ!?」


 なんと、人だかりの中心で俺と目があったのはあのトキノミヤ・アリスであった! 


 彼女は陽光学園の特徴的なシスター服っぽい女子制服を着用しており、まだ下ろしたてだろうその新品の制服と鞄、そして胸元に付けられた新入生用の花から、俺と同じ立場であろうことが容易にわかる。陽光の制服は男女ともに修道服のようなデザインが取り入れられているが、それは昔ここがミッション系のスクールだった名残らしい。ていうかトキノミヤも陽光生だったんかい!


 彼女は周りの生徒たちにペコペコと頭を下げながらなんとかして人だかりを抜け、俺の方にやってくる。思わず逃げようとしてしまったが、しかしそのときにはもう彼女に袖を掴まれてしまっていた。


「あ、あのっ!」

「う……な、なんだよ」


 また叩かれるのは勘弁だぞと、おそるおそる尋ねる俺。つうかめちゃくちゃ注目されてんぞこれ。居心地悪すぎる! 早くなんか言ってくれ!


 すると彼女はすぅ、はぁ、と呼吸を整えて。



「昨日は……叩いてしまって本当にごめんなさい!」



 なんと――その場で素早く膝を突き、綺麗な顔を地面に付けるように土下座した!


 これにはさすがの俺も絶句である。


「許していただけるなら何でもします! だから、どうかお許しください!」

「いや、ちょ、はぁ!? いきなりなんっ」


 顔を上げた彼女の目はうるうると潤み、今にも涙がこぼれそうになっている。

 トキノミヤの突然の土下座と謝罪に困惑するのは俺だけでなく、周囲の生徒たちも大騒ぎとなり、デバイスを手に写真や動画を撮ろうとする輩まで現れた。もちろん、いきなりアイドルに土下座させてしまった立場の俺は「なんだよアイツ!」「いったい何者!?」「アリスちゃんに土下座させるなんて!」「サイテー!」と非難ごうごうである。ふざけんなオイ!


「クッソ! いきなりなんなんだよアンタ! あーもういいからこっちこいっ!」

「え、あ、は、はいっ!」


 さすがにそんな状況に耐えられるはずもなく、俺は半ば強引に彼女の手を取って立ち上がらせ、周囲の目から逃れるために校舎の方へ走り出した。お前ら絶対ネットに上げんなよ!



 ――そして校舎裏の非常階段下スペースにやってきたところで、誰も追いかけてきていないことを確認し、ホッと息をつく。


「はー……ったく、朝からなんなんだよもう」

「あ、あの…………手が……」

「ん? あ、ああすまんっ」


 ずっと彼女の手を握ったままだったことに気づき、慌てて離す。彼女は「いえ」と気にしてないように首を振った。少しばかり、頬が赤らんでいるような気がする。手に残った感触がなんだか気恥ずかしかった。


「はぁ……オイお前、顔」

「え?」


 指摘する。土下座なんてしたもんだから、せっかくの綺麗な顔やスカートもあちこち汚れてしまっている。けど彼女はそれに気づいてないようで、きょとんと首をかしげていた。


「顔だよ顔。スカートも汚れてるから」

「え? ――わわっ! き、気付いていませんでしたっ!」


 コンパクトミラーとハンカチを取り出し、慌てて身なりを整える彼女。

 俺は階段の手すりにもたれかかってため息をつく。


「晴れの日にアイドルゲーマーさんが何やってんだよ。つーかなぁ、あんなところでいきなり土下座なんて勘弁してくれ。俺、初日から絶対最悪な印象もたれたじゃん……」

「え? あ……そ、それも本当にごめんなさい。私、一度こうしようって決めたら周りが見えなくなってしまって……とにかく許していただこうと……申し訳ないです……」


 何度も頭を下げ、しょんぼりと肩を落としてしまうトキノミヤ。こんなところ見られたらますます俺が悪者にされるな……。

 そのとき、もうすぐ入学式が始まるという校内アナウンスが流れ、入学生は集まるようにと促された。

 俺は頬をかきながら言う。


「あのさ、そのことはもういいよ。あー、それと昨日のことも別にもう気にしてないから。それより入学式始まっちまうし行こうぜ」

「は、はい。あの、もし良かったら入学式の後にお時間いただけませんか!」

「え?」

「お願いします! 改めて謝罪もしたいですし、お話したいこともあるんです!」


 許可を貰うまで頭は上げません――とばかりにトキノミヤが深々と頭を下げてくるもんだから、俺はただただ深いため息をつくしかなかった。

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