6credit.ゲーマーたる者常に全力であれ

 ――と、そこで周囲が異様に静まり返っていたことに気付く。


 視界に映った外の映像で、観客たちが呆然としている。

 やがて、みんなが一斉にドッと沸いた。


『うおおおおおおおおおお! 一本取り返したあああああああああああ!』


 さらに盛り上がっていく場内。アリスが無言のまま立ち上がってこちらを見る。


 四戦目。今度は一転、慎重に俺の動きを探りに来るトキノミヤ。俺もまた油断することなく相手の動きに合わせてカウンターを挟み、お互いの体力を削り合っていく。さすがに相手の方が一枚も二枚も上手だが、俺も徐々に勘を取り戻して動きを修正し、一進一退の攻防を繰り返す。これには観客もさらに熱くなって、いつの間にかイロハさんによる実況中継まで始まっていて、トキノミヤのプレイということでネットで中継配信されているようだった。


 ――これだ!


 熱い。この懐かしい空気。身体が熱くなって、手が勝手に動き出す。

 そうだ。この中で、この世界で俺はずっと闘ってきた!

 ずっとずっとこの世界にいたい! 闘い続けていたい!


 ――誰と?

 ――ああ。そうだった。


 もう――俺が一番闘いたい相手はいない。


 それに気付いてしまったとき、俺の身体は動きを止めていて。

 当然、その隙を見逃さないトキノミヤの一撃から必殺技が直撃して勝負は決する。

 ボロボロになって倒れる俺は、苦笑していた。


「……はは。何やってんだ」


 筐体から出る。

 周りの皆が健闘を称える声をかけてくれたが、すべて耳から耳へ通り抜けていった。

 冷静になった身体はとても冷たく感じられ、頭もすっかりクールダウンしている。途端に客観的な視点が戻り、必死になっていた先ほどの自分が馬鹿らしく思えた。

 こんなところで遊んでいる場合じゃない。さっさと帰って入学式の準備をしよう。


 そう思ってその場を離れようとしたとき、


「――待ってください!」


 俺の服の裾を引っ張って止めたのは、あのトキノミヤ・アリス。

 引き止められた俺は当惑した。

 突然のことに観客たちもざわつく中で、トキノミヤはその手を振り上げ――


 パァァァン!


 と、ゲームセンター内に乾いた音が響く。


 彼女は、思いきり俺の頬を張った。つまりビンタだ。


 自分が何をされたのか、わけもわからず混乱していた俺の思考が徐々に落ち着いて状況を理解すると、途端にヒリヒリとした痛みが頭に昇ってくる。


「い、いってぇなッ! オイ! いきなりなにすん――」


 抗議しようとした俺は、しかしその声を止めてしまう。


 彼女が、ポロポロと涙をこぼしていたからだ。


 なんでお前が泣くんだよとか、ふざけんなよとか、言いたいことは山ほどあったが。

 そのとき、俺はふと感じていた。


 俺はこの目を知ってる。この子とは、以前にも会ったことがあるような……。


 そんな記憶を辿っていた俺に、彼女は口を開けて言い放った。



「私――舐めプレイ舐めプする人が世界で一番大嫌いなんですッ!」



 そう叫んで泣きながら走っていくトキノミヤ。

 あまりの展開に皆のどよめきは止まらず、実況していたイロハさんが困惑しながらもその場を落ち着かせようとしていた。


 俺はおそらく真っ赤に腫れているだろう頬の痛みにムカムカしながら叫んだ。


「……うるせええええぇ! 俺だっていきなりビンタするヤツは嫌いじゃあああああ!」

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