4credit.トキノミヤ・アリス
『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!!』
エレベーターの扉が7階で開いた瞬間、耳に飛び込んできた大歓声が身体をビリビリ震わせる。
それは当然、『ゲーマーズソウル』筐体の周囲に集まった人々のものだ。近くのモニターからチェックすれば、どうやら先ほどのプレイヤーが見事五十人抜きを果たしたらしい。
一体誰がプレイしているのか。
それが気になってしまった俺もまた、その筐体の並びに近づく。
「くっそおおおお! 一本取るどころかパーフェクト負けしたああああッ!」
「追加ハンデに上段封印してくれてたのにな。あれがガチプロの実力かぁ。やっぱオレたちじゃムリかぁ」
悔しげな声を上げて筐体――プレイドームから飛び出してきたのは先ほど街で見かけた小学生だ。
プロが小学生を相手にしているとはいえ、このゲームでパーフェクト勝ちするのは相当に難しい。プロならば自動的に大きなハンデが課されるし、自主的な追加ハンデとして上段攻撃を封印していたというのならなおさらだろう。
一体どんなバケモンが五十人抜きを果たしたのか、俺は反対型の筐体の方を見て――
「対戦、ありがとうございました。次の方、お願いします」
そう言って現れたのは、礼儀正しく頭を下げた一人の美しい女の子。
長いストレートの銀髪がサラリと流れて、大きな瞳は既に次の挑戦者を見据え、よく整った顔立ちは『アイドルゲーマー』の名に恥じない可愛らしいものだった。背筋をピンと伸ばして姿勢正しく座る上品な姿がその育ちの良さを示している。
「……トキノミヤ・アリス……!?」
思わずフルネームをつぶやいてしまう俺。
このゲーム時代にVR技術を扱ったゲーム開発で大成功を収め、今や世界的企業となったゲーム会社『プリンセス・アーク』のCEO――トキノミヤ・ユキノの一人娘。その社名から『プリンセス・アリス』と呼ばれることもある。
確か祖母が北欧の人らしく、少々日本人離れした容姿はアイドルゲーマーとして持て囃されるにふさわしいもので、ファッション雑誌で表紙を飾るほどスタイルも抜群だ。物腰柔らかで穏やかな性格から誰にでも愛され、幼い頃から触れてきたゲームの腕前は見事の一言。
昨年のランカーバトルでは世界ランク79位――つまり最上位のSクラスにまで大躍進した。毎年行われるプロゲーマー人気投票でもトップ5にランクインしているのは、そのお嬢様然とした優雅な姿からは想像も出来ない、筋金入りのゲーマー気質のギャップにあるという。
『うおおおお!』『すげえええっ!!』『次は俺だ!』『あたしもやりたい!』『誰が連勝止めるか楽しみだな!』『ほらほらさっさと並べ!』
興奮する観客たち。
やる気満々の挑戦者に対し、トキノミヤは容赦なく
そう。このトキノミヤ・アリスはたとえどんな相手だろうと手加減は一切なし。全力で叩きつぶす男気溢れるスタイルが人気で、彼女にやられたい挑戦者が後を絶たない。こうして彼女が『ホーム』である『サンシャイン』に訪れる際はいつもこうなると俺は知っていた。
「……すげぇな」
ぼそ、と声が漏れてしまう。
あるインタビュー記事で読んだことがあるが、彼女は幼い頃からずっとゲームが大好きで、六歳の頃にはプロになって世界一になると宣言していたとか。かつての俺のように。そして着実にその階段を登って、今もなおプロとして高みを目指し続けている。
サンシャインにふさわしい、眩しいヤツだ。
「くっそおおおおお負けた! けど楽しかったっす! アリスちゃんありがとう!」
「こちらこそ、対戦ありがとうございます。また遊びましょう!」
負けた挑戦者は実に嬉しそうで、トキノミヤも握手でそれに応える。
ここは……今の俺がいていい場所じゃないな。
そう感じて、ここを離れようとしたのだが――
「おい。次、お前の番だぞ」
「は?」
「せっかくアリスちゃんが来てるんだから対戦してもらえって。ほら!」
「はぁ? え、ちょっ」
観戦していただけのつもりだったが、どうやらいつの間にか挑戦者列に混じってしまっていたらしい。
後ろの男にせっつかれ、俺は半ば強引に『ゲーマーズソウル』のプレイドームに押し込まれた。筐体内でトキノミヤの「宜しくお願いします」というボイスチャットが聞こえたが、俺は何も言い返せない。
「……ったく」
仕方ない。適当にやって最後のサービスクレジットを終わらせるか。
諦めた俺は手首を筐体にかざし、自動的にクレジットが加算されてゲームが始まる。ゲームセンターに限ったことではないが、この時代は全国ほとんどの店で手首に埋められている
そうして全周囲モニターの草原に現れたのは、チップに登録されていた俺の専用アバター。中二病どころか小五病のノリで作った、イケてるマントを羽織ったイケてる双剣士である。兄のキョウと何度も闘ってきた良き相棒だったが、去年の冬、プロテストに落ちて以来一度も見ていなかった。いまだに愛着はある。
「よ、久しぶりだな相棒。――“ワールドリンク”」
その掛け声によって自身のアバターにVRリンク。意識はゲーム世界へとダイブする。
そして次に目を開けたとき――そこに広がっていたのはファンタジー世界だ。
視線を下に向ければ、自分の身体がアバターと同化しているのかわかる。剣に触れればしっかりと重みを感じた。
そして目の前に現れたのは、トキノミヤのアバター。
純白のドレスを纏ったお姫様のような騎士で、随所に女の子らしく細かいオシャレアイテムが装備されている。だからこそ、その手に持つ巨大な槍が異質な存在感をアピールしていた。
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