2credit.看板娘はラビットガール

「ほら早くいこーぜ! 今日はプロが来てるらしーぞ! しかもあのアイドルゲーマー!」

「え!? ひょっとしてあの子かよっ!? うわマジかよ急ごうぜ~! 運が良かったら対戦してもらえるかもしんねーぞ!」


 二人の小学生らしき男子が、ランドセルを背負ったままイケブクロの街を駆け抜けていく。


「さすがゲーム都市シティだな」


 思わず感心してつぶやく俺。

 光都イケブクロの中で最も人の多い『サンシャイン通り』。ここはイケブクロのランドマークタワーである『サンシャインシティ』に続く道で、そのサンシャインシティの地上十階までを締めるのが都内有数の巨大ゲームセンター『サンシャイン』だ。

 駅も近いこの通りと近辺にはホテルやコンビニ、スーパーにドラッグストア、飲食店、映画館、服飾雑貨店、アニメ専門店からカードショップまで多種多様な店が揃い、周囲には他にも多くのゲームセンターが存在しており、それらを『ホーム』とするプロゲーマーたちもたくさん暮らしている。そのため『王都シブヤ』や『魔都シンジュク』、『夢都アキハバラ』に並ぶ一大ゲーマー街として非常に人気のある街だ。石を投げればまず100%ゲーマーに当たる。

 まぁ、だからあまり来たくなかったんだよなぁ。

 既にスーパーとドラッグストアで買い物を済ませた俺は、眼前の巨大ビルサンシャインシティを見上げてげんなりしていた。

 このゲームセンター『サンシャイン』は、プロとして活動していた俺の兄・キョウのかつての『ホーム』でもあったからだ。


「……帰るかぁ」


 キョウのいなくなった今、俺がゲームをやる必要も理由もない。あの日の情熱はとっくに消え去っている。だから、子供のときはどんなテーマパークよりも来たかったこの憧れの場所を前にしても気が乗らない。ここに俺が戦いたい相手などいないのだから。

 そうして振り返ったとき、


「おにーさんっ♪」


「うわぁっ!?」


 目の前にいきなり誰かの顔が迫っていて、あまりの驚愕に声を上げて尻もちをつく俺。


「な、えっ……!?」


 顔を上げれば、そこに立っていたのは頭にふさふさしたウサ耳を付けたお姉さん。

 和柄の浴衣みたいな赤とピンクの衣装を着ていて、そのスカートは今にも中が見えてしまいそうに短い。かがみ込んだ彼女の胸元は豊かに揺れて、俺は思わずそちらを凝視してしまったのだが――


「ありゃりゃごめんなさーい! 脅かしちゃったみたいですねぇ。立てますか?」

「あ、は、はい……」


 お姉さんはこちらに手を差し伸べてくれて、俺は多少戸惑いつつもその手を取って立ち上がる。お姉さんは困惑する俺のズボンを軽く払って「よしっ!」と元気に笑った。


 そこで俺は気付く。


「……あれ? あの、ひょっとして『サンシャイン』の――!」

「んふっ、ご存じでしたか? はい! いつもニコニコみんなのお姉さん! あなたの心を弾ませる愛しのラビットガール! ゲームセンター『サンシャイン』の名物店員こと『シラフジ・イロハ』ちゃんとはこのワタシのことです! イロハちゃんって呼んでくださいね♥」


 片足を上げてダブルピースしながらウサ耳を揺らすおなじみポーズの自己紹介。その際に豊かな胸元がたゆんと揺れた。間違いない。テレビやネットで何度も見たことがある有名な店員のイロハさんだ!

 そのキャラと愛らしい外見はいろんな本に載ったりとすごく人気のある人で、元々はゲーマーでありコスプレイヤーでもあるらしい。年齢は不詳だが噂では大学生だとか。今ではその存在が『サンシャイン』の宣伝になるからとイケブクロのあちこちをよくうろついていて、彼女のファンがSNSで一緒に撮ってもらった写真をアップしたりしている。昔は俺も一度は会いたい憧れの人だったけど――


「ええと……ど、どうも。んじゃあ俺はこれで……」


 と、話を切ってそそくさ帰ろうとした俺だったが――


「はーい! おーまーちーをー!」

「うおっ!? な、なんすか!」


 腕を取られてしまってまた転びそうになる俺。

 イロハさんはじ~っと近くで俺の顔を見つめてきて――


「むぅ~~~ん。ワタシのサービスにも無反応ですかぁ! 気に入りません! さてはおにいさん、相当にお悩みですねぇ?」

「は、はい?」

「わかります、わかりますよ。そういうときはゲームをするに限ります! 楽しいゲームで辛いことを忘れ、弱気なメンタルをリセットしちゃいましょ! さぁおにいさん! イロハとレッツエンジョイです!」

「え、ちょ? は?」


 ガシッと強く腕を掴まれていた俺は、そのままイロハさんに『サンシャイン』の方へと引っ張られてしまう。その際、密着したことでイロハさんの胸の柔らかい感触が腕に! 腕にぃ!


「ええ!? あ、あのっ! なんで!? 俺行くなんて一言も!」

「素直になれないお年頃ですもんね。でも、イロハにだけは正直な気持ちを話してくれていいんです。そんな顔した年下のカワイイ男の子は、ちょぉっと見過ごせないものでして♪」

「イ、イロハさん……」

「うふ♥ それではお客様一名ごあんな~い!」

「ハッ! これはイロハさんの有名な営業トーク!? ちょ、離してえええええ!?」

「二度とお離しいたしませぇ~ん♥」


 こうして強引極まりない悪質営業ウーマンの拉致により、俺は無理矢理『サンシャイン』へと連れて行かれてしまったのだった。

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