第一章 光都イケブクロ

1credit.ようこそイケブクロへ

 ――2050年。春。人々はゲームに熱中していた。


「う~! あたしイケブクロ行くのなんて初めて! 最新ゲームやるのすっごい楽しみっ! あっ、ねぇねぇ見てあれスバル様だよスバル様! 世界ランク1位の王子様! 『サンシャイン』に行ったらスバル様に逢えたりするかなぁ? サイン欲しいなぁ」

「いやいやさすがにムリっしょ。あ、今度はアリスちゃんじゃん。めちゃカワイイしゲームバカウマイし良いトコのお嬢様だしヤバイよねぇ。デビュー1年ちょっとでもうトップ100入りのSクラスアイドルプロゲーマーだしさ。ヤバすぎ!」


 イケブクロへと続く自動運転の電車の中。

 二人の女の子が見ていた車内モニターでは、世界王者『ハクバ・スバル』によるプロゲーマー試験の案内、大会の情報などが流れており、さらにアイドルプロゲーマー『トキノミヤ・アリス』による新作ゲームの告知CMもあった。この二人はニホントップクラスのプロゲーマーだ。

 他にも老若男女問わずゲームの話をしている人は多く、手元の小型情報端末マルチデバイスでゲームをしているヤツもいる。その顔は一様に明るく眩しい。


『さぁ! 君も素晴らしい世界で僕と闘おう!』


 そんなテロップが浮かぶ映像の中で、ハクバ・スバルがこちらへ手を伸ばしている。

 かつて“e-sports”と呼ばれていた電脳競技は、“Electronic Gaming Ideal Sports“――通称“EGISイージス”と呼称され、オンラインで繋がった世界中で広く受け入れられた。今ではオリンピック競技としても国際的に人気が爆発している。

 その大きなきっかけは、5年ほど前にある天才ゲームプログラマーが開発したVR対戦格闘ゲーム。その近未来的VR技術によって業界は爆発的な発達・成長を遂げ、あらゆるゲームが著しく進化した。


 中でもその恩恵を受けたのは、いわゆる家庭用の『コンシューマゲーム』ではなく――ゲームセンターに設置されている『アーケードゲーム』だった。


 理由は簡単。最先端のVR技術はまだまだ一般の庶民が気軽に楽しめるものではなく、一部の金持ちだけが楽しめるような娯楽だった。衰退し始めていたゲームセンター業界はこれを好機とし、あえて高額なVR設備をこれでもかと整えることで一か八かの勝負に出る。

 結果、それが大当たり。

 国民は最先端ゲームを求めてゲームセンターに足繁く通うようになり、都内の有名ゲームセンターが率先する形で大ブームが起きて業界はV字回復。そのおかげでレトロゲームさえ注目されるようになり、全国各地のゲームセンターは終日満員御礼。“EGIS”の人気は留まるところを知らず、ゲームで生計を立てる『プロゲーマー』を目指す者たちも激増。今では世界中で最強を目指すゲーマーたちが脚光を浴び続けている。


『――次はイケブクロ。光都イケブクロです』


 車内アナウンスが流れ、窓の向こうが高いビルばかりの近代的な街並みに変わっていく。

 ……さて、いよいよ着いちまうな。

 俺はトランクの取っ手を掴み直し、小さなため息をつく。


 ――光都イケブクロ。

 小さな頃、一度だけキョウと共に連れてきてもらった記憶がある。

 ここには『サンシャイン』という世界屈指の有名ゲームセンターがあり、現世界ランク1位――“神速の皇帝”『ハクバ・スバル』がホームとする場所でもある。ゲーマーにとっては聖地みたいなもので、あの日も俺はキョウとサンシャインに行って遊んだ。そしてあらゆるゲームでアイツに全敗した。チクショウ!

 そしてこの春からは、俺が暮らすことになる街でもある。

 だからといって、なにもゲーム目的なわけじゃない。たまたま進学先の高校がイケブクロにあるだけだ。親がせっかく合格したんだから絶対行けと言われて仕方なく来ただけなんだ。そうだ、決してゲーム目的ではない!

 って、誰に何を言い訳してんだ俺は……。

 そんなことを考えているうちに静かに終点へと到着した電車から、俺はトランクを抱えて降りた。

 ふわりと頬を撫でる風から、暖かな春の匂いがした。



 光が降り注ぐイケブクロの街は、今日も活気に溢れていた。

 ガラガラとトランクを転がしながら、目の前に浮かぶホログラムの地図アプリで道をチェック。やがて、明日から俺が通うことになる『都立陽光ようこう学園』のガラス張りなオシャレ校舎が見えてきた。


 そして到着したのが、学園の隣に併設されている『陽光寮』だ。


「マナカ・シュンくんですね。ようこそ陽光寮へ! 今日から三年間、どうぞよろしくね♪」


 そんな若々しい寮母さんに挨拶をして部屋へと案内してもらう。ベッドや机は備え付けで、実家から送られてきた段ボールがいくつか積み重なっていた。机の上に『入学おめでとうございます。寮生一同仲良く楽しく過ごしましょうね♥』と可愛らしい字のメモが置かれていて少しホッとする。以前はプロゲーマーをしていたという寮母さんの歓迎だ。


「同居人は……まだみたいだな」


 反対側の机を見れば同じメモが置かれていて、他には何の荷物も置かれていない。この寮は同学年の生徒と相部屋になるシステムで、部屋の造りも左右対称になっている。机とベッド、大きめの棚だけが備え付けのものだが、まぁしばらくはこれで十分だろう。

 さて、近所の散策がてら買い物でも行くか。

 生活に必要なものは大抵実家から持ってきたが、俺の住んでいたあのド田舎じゃ手に入らないものもあったしと、俺は手首を軽くタップして生体チップから個人情報マイコードを閲覧。ホログラム映像をタッチ操作し、チップに十分な電子マネーがチャージされていることを確認して映像を切り、寮を出た。

 足取りは、あまり軽くはない。

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