亜姫ちゃん最強伝説

福守りん

亜姫ちゃん最強伝説

 伊藤亜姫あきは、特別な存在だ。


 大人数のグループに所属するアイドルたちとは、ちがう。

 なにしろ、ぼっちだ。

 ひとりで歌って、踊る。

 女子中高生向けの雑誌の読者モデルをやってるうちに、芸能事務所に所属するアイドルになった。

 父さんは、亜姫ちゃんがアイドルになったきっかけや、亜姫ちゃんのふんいきについて、ひと昔前のアイドルみたいに感じると言っていた。「かわいいけど、今どきの子っぽくないな」だって。「暗い感じがする」って。

 わかってないなーと思った。

 この感じが、いいんだって……。


 おれは宮下洋平。高校一年生だ。

 親からもらうこづかいの大半を、亜姫ちゃんの推し活に使っている。


「洋平。同じCDばっかり、そんなに買ってどうすんのよ」

 姉ちゃんからディスられるのは、いつものことだ。弟はつらい。

「応援したいから……」

「いいけどさあ。KKBとかと違って、握手券も入ってないわけでしょ?

 オリコンの売上チャートが、そんなに大事かなあー」

「売れないと、活動できなくなるだろ」

「その時は、その時でしょ。いっときだけ。今だけよ。

 この子がおばあちゃんになっても、アイドルやってられると思う?」

「それは、ないだろうけど」

「後から、姉ちゃんの言うこと聞いておけばよかったと思っても、遅いんだからね」

「わかってるよ……」


 今日は金曜日。

 テレビの歌番組に、亜姫ちゃんが出る日だった。

 とりあえず録画予約はした。三回くらい確認した。ちゃんと録画できてるかなって。

 歌う曲は、新曲の「メランコリック」だろうと思う。

 大好きな曲だ。カラオケでは、歌ったことないけど……。

 サビの振りつけは、どんなふうに踊るのかな。


 「メランコリック」は、ひかえめに言って最高だった。

 灰色のトレーナーと、黒いミニスカート。白のニーハイソックス。

 猫みたいな目が、アップで映る。まつげがものすごく長いのが、よくわかった。

 めちゃくちゃ、かわいかった!

 夢に出てきそうだった。

 SNSも盛り上がっていた。

 おれも書きこんだ。もちろん、ハッシュタグは「#伊藤亜姫最強」だ。



 それから、数日後。

 文秋砲が炸裂した。

 亜姫ちゃんには、地元に恋人がいるらしい。亜姫ちゃんと同じ、高校二年生だって。

 えっ……となった。

 亜姫ちゃんとつきあってるやつがいる!

 っていうか、アイドルとつきあえるんだ!

 いいなあ……。

 そういうことがありえるとは、まったく思ってなかった。


「姉ちゃん。亜姫ちゃん、彼がいるんだって」

「えぇー? ほんとに?」

「文秋砲が炸裂した」

「まじか。ショック?」

「ううん。うらやましいだけ」

「アイドルになる前から、つきあってたのかもよ」

「ああ……。そうかも」

「で? もう、推し活はやめるの? やめなよ」

「やめないよ」

「しぶといね。あんたも」

「ファンレターを書くよ」

「はあ?」

「文秋砲が炸裂して、ショックを受けてるかもしれない。

 おれが、なぐさめてやらないと……」

「ファンの鑑じゃん。じゃあ、書いてみたら」



 それから一ヶ月くらいして、おれの家のポストに、白い封筒が届いた。

 差出人は、亜姫ちゃんの所属事務所の名前だった。

「えっ……。まさか、返事がきた?」

 あわてて、雑に開けそうになった。思い直して、台所のはさみで、はしっこをていねいに切った。

 まっ白な便せんが、一枚だけ入っていた。


『ありがとう!』


 それだけ。下の余白に、亜姫ちゃんのサインが入っていた。

 あと、猫みたいななにかが、小さく描いてあった。猫かどうかわからなかったのは、あまりうまくない絵だったからだ。

 まちがいない。亜姫ちゃんの絵だ。

 テレビで、何度も見たようなやつだ。

「ほ、ほんものだあ……」

 腰が抜けそうになった。


 「メランコリック」を、自分の部屋でえんえんとかけていたら、姉ちゃんに切れられた。

「同じ曲ばっかり! いいかげんにしなよ!」

「ひたってるんだ」

「はあ?」

「これ。亜姫ちゃんから」

 亜姫ちゃんからの手紙を見せたら、ひえっとなっていた。

「うわ。ガチっぽい……」

 じっくり眺めてから、なぜか、スマホで写真を撮っていた。


「洋平、よかったね」

「うん。これからも、推し活がんばる」

「アイドルって、こわい……」


 伊藤亜姫最強!

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亜姫ちゃん最強伝説 福守りん @fuku_rin

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