温羅(2)
子竜が目を開けると、そこは自宅の縁側。
日射しが気持ちいい。起き上がるのが面倒で、ごろんと寝返りをうった。
「――子竜」
すずやかな声が聞こえた。
「飛鳥、もうちょっと、ねかせて……」
「ふふ。飛鳥ちゃんじゃないわ」
目を向けると、そこには髪をポニーテールにした女性がいた。
「ご飯ができてるから。さ、起きて……」
「お母さん……?」
「ふふ。そうに決まってるでしょ」
「……なんだか変な夢をみてた気がする」
「変な夢? どんな?」
「よく覚えてないや」
「、ああ。ねぼけちゃって。ふふ」
チリン……。その時、鈴の音が聞こえた。
「……お母さん。いま、鈴を鳴らした?」
「なにも聞こえないわ。気のせいよ」
「そっか……。お父さんは?」
「居間よ。子竜が来るのを待ってるわ」
「うん」
居間に入ると、お父さんがいた。
お母さんがにこにことほほえんだ。
「子竜ったら、縁側でねてたんですよ」
「ああ、そうか。あそこは日が当たって気持ちいいからなぁ。子竜、座りなさい。お母さんが作ってくれたご飯がさめてしまうぞ」
晩ご飯は、オムライスとサラダ。黄色い卵のうえには、ハートが書かれている。
「いただきます」と手をあわせ、食べはじめた。
「やっぱりお母さんの料理は最高だな」
「あなたったら。ふふ。ほめても何もでませんよ」
「子竜もそう思うだろう?」
「うん、おいしいよっ」
「ありがとう、さあ、どんどん食べてね」
チリン……。
「あ……」
「どうかしたのか、子竜」
スプーンを動かす手をとめた子竜に、お父さんが不思議そうな顔をする。
「今、鈴の音が聞こえたよね」
お父さんとお母さんは顔を見合わせ、「何も聞こえてない」と言う。
チリン……。
「やっぱり聞こえたよ」
子竜は立ち上がった。
「どこに行くの?」
「子竜、やめなさい。食事中なんだぞ」
お父さんが強い口調で言い、子竜の腕をつかもうとするのを反射的にさけた。
「子竜、鈴の音なんて聞こえないわ。戻っていらっしゃい」
「ちょっと見てくる」
チリン。
(やっぱり聞こえるよ……)
振り返ると、お父さんとお母さんが無表情で立っていた。
「いいえ、何も聞こえないわ」
「そうだ。子竜、おかしいんじゃないか?」
「あなた。この子を病院につれていきましょう」
「ああ、そうしよう」
「っ!」
近づいてくる二人をふりきり、子竜は鈴の音を頼りに走った。と、庭先に光の球体が浮かんでいる。
うしろからはお父さんとお母さんが、迫ってきていた。
光を放つ玉をつかみとると、迫ってくる二人に向かって玉の発する輝きを向けた。
「うわああああっ!!」
「ぎゃああああっ!!」
光に照らし出された二人は絶叫しながら、真っ黒になって消えていく。
それだけではない。
自宅だと思っていたものもまた光に照らし出され、黒い物質になって溶けていく。
地面が、木や鳥、雲や空まで黒く染まっていき、何もかも溶けていった。
そして、何もかも溶けさったあとに残ったのは、暗闇。
子竜はその暗闇の中に、自分以外に誰かがいることに気付く。
「……う、温羅……っ」
温羅は鬼の姿ではなく、子竜の姿をしていた。
ニヤッと温羅がわらう。
「あきれる。大人しく幸せな世界にいればよかったのになぁ」
「俺の身体を返せ!」
「断る。オレは楽しんでるんだよ、飛鳥とな」
「温羅!」
温羅めがけ玉の発する光を向けるが、何も起こらなかった。
「……どうして」
「フハハハハ! 無駄だよ! その程度のものでオレを何とかできると思ったのか? おめでたいやつめっ! オレは温羅様なんだぜ! お前はここで暮らせ、一生な!」
その時、チリンと、鈴の音色が響く。
「? なんだ? この音……っ」
同時に、
――温羅! あんたなんかに子竜は渡さないからっ!!
幼馴染の声が闇の世界にひびく。
(そうだ。温羅になんか負けてたまるかっ。自分の身体だ。あんな奴に渡さないっ!)
玉の発する光がさらに高まり、真昼のように周りを照らし出す。
「はあ!? なんなんだよ、この光は! くう……っ!」
温羅が顔をそむけた。
青龍様がこの光の玉を通じて、力をくれているんだ――。
そう、本能的に理解した。
(飛鳥を守る!)
そう思った次の瞬間、子竜は自分の右手首に感触を覚えた。見れば、そこには数珠が巻き付いている。
温羅の右手首にもまた数珠があった。
「くっそ! あの女、食らってやる!!」
温羅は数珠をこわそうと乱暴にあつかうけれど、びくともしない。
「身体を返せええええええええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ―――――――――――!!」
子竜は大きく助走をつけ、温羅の顔面にパンチをたたきこんだ。
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