鏡の世界(6)

 子竜が力一杯さけんだかと思うと、いきなり両腕をだらりとたらした。

「子竜……?」

 恐る恐る声をかけると、不意に子竜が顔を上げ、こちらを振り返る。

「!」

 姿形は子竜のままなはずなのに、雰囲気がぜんぜん違った。

 表情も心なしけわしく、目がつりあがっている。

「久しぶりだな、飛鳥」

「……温羅?」

 子竜はにぃっと大きく笑いかけてきたかと思えば、先生の顔をした蛇と向き合う。

「とんでもない情念って奴だな。子への悲しみを悪霊につけこまれたか……」

「渡さないぃ、渡さないぃ、秀樹は誰にも、渡さないいぃぃぃぃ―――――――――!!」

 恒岡先生の顔と声を持った蛇。だからこそ余計に恐怖感がこみあげる。

「飛鳥。オレを解放した礼だ。助けてやるよっ。――それから、蛇のばあさんも一緒に、なっ!」

 蛇が、おそいかかる。

 でも子竜――温羅は飛び上がると、蛇の顔面を五本の指でえぐるように引きさく。

「ぎゃああああ……!?」

 悲鳴をあげた蛇が、苦しげに全身を激しくくねらせる。

 さらにもう1度、蛇のぬるりとした胴体を左手できりさく。

「ひいいぃぃぃぃぃぃぃぃぃい……!!」

 蛇が倒れてのたうち回れば、その身体の中から黒い煙のようなものがふきだす。

 黒い煙は人の形になり、らんらんと輝く目が現れる。

「正体をあらわしやがったかっ。浮遊霊の集合体のぶんざいで、オレをあざむけると思ったか!」

 オノレエエエエエエエエエエエエエッッッッ!!

 温羅めがけ襲いかかるが、触れることもできないまま、

 ギイァア――――ァアッ――――ウウゥゥゥゥゥウ――……。

 断末魔の叫びをあげながら消えていった。

 蛇の姿をしていた先生の姿が人間に戻り、秀樹は束縛から解放される。

 秀樹は笑顔を見せたかと思うと、苦しみあがく先生の顔を持った蛇のそばにそっと腰かけた。

 ――お母、さん……ぼくはもう、大丈夫、だから……。

 先生の顔をした蛇が涙を流す。

「ま、守って……あげられなくて、ごめ、ん、なさ、いぃ……ひで、きぃ……」

 ――守ってくれたよ……ず、っと……ずっと……。

 秀樹が蛇の身体を優しく抱きしめれば、二人の姿が春の日だまりのような、やわらかな光に包みこまれながら消えていく。

「きゃっ!」

 飛鳥は思わず声をあげてしまう。足下や壁から、野球ボールくらいの大きさの半透明の物体が次から次へとあらわれたのだ。

 優たち3人組は抱きあって、震えている。

「安心しろ。この空間に閉じ込められた魂だ」

 半透明のボール状の物体もまた、光の中に吸いこまれるように消えていく。

 そして光がなくなると同時に現れたのは、古ぼけた姿見。

「んじゃなっ」

 温羅は鏡の中へ飛び込み、消えていく。

「温羅! 待ちなさいよ!」

「おおおおおい! 待ってくれぇっ!」

 飛鳥たちは温羅を追いかけ、次々に鏡に飛び込んだ。

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