鏡の世界(4)

「もう、俺……ダメだよぉ」

 最初に根をあげたのは、昭夫。

「じゃあ、ちょっと休憩しよう」

 優たちは体力というよりも心がつかれてしまっているのか、次々とへたりこんだ。

 飛鳥も普段から元気な彼女らしからず、無表情で窓の外をながめている。

(本気だしたとたん、飛鳥を助けられないなんて……あの時と一緒じゃないか!)

 心が焦るばかりで、何も思いつかない。

「……これ」

 飛鳥がぽつりとつぶやくと、窓にふれる。

「どうした?」

「子竜。この窓……なんかおかしい」

「おかしい? まあ……開かないのはきっと、加藤秀樹の力で脱出できないようになってるんだろうけど」

「違う。よく見て。窓なら私たちの姿を反射してもいいじゃない。月明かりが差し込んでるんだから。でもこの窓には私たちがうつらないの」

 子竜は窓に近づくと、様々な角度からのぞくが、確かに自分の姿はうつらない。

「それがどうしたって言うんだよぉ!」

 子竜は〈迷宮学園〉を操作する。

「みんな。〈迷宮学園〉を起動して、自分たちの姿がうつるまでタップしてくれるか?」

 飛鳥たちは不思議そうな顔をしながらも、子竜に従ってくれる。

 飛鳥と優がスマホの画面をみせてくれる。

 そこには角度は違うものの、集まった五人がうつっていた。

 飛鳥のスマホ画面には教室側から子竜たちを見るカット、優のスマホにはまた、数メートル先のろうかの窓から子竜たちを見るカット。

 子竜も自分のスマホ画面を見せると、けっこう見にくい位置からのカット。

「ね、子竜。これがどうしたの?」

「いいから」

 少し遅れて、俊一郎と昭夫がスマホ画面をみせてくる。

 こっちもまた別の角度からの映像。

「みんな、飛鳥のスマホ画面を見ててくれ」

 ひとり輪から離れた子竜は教室の窓に近づくと、とある1枚の窓に手を押しつけた。

「うわ!」

 誰からかともなく、声をあげた。

「飛鳥、どうなった?」

「画面が、子竜の手で隠れちゃった……。ね、どういうこと?」

「たぶんだけど……ここにある窓の1枚1枚が、俺たちを監視するカメラの役割をしてるんだっ」

 子竜は教室から1脚のイスを運びだす。

「みんな、離れてて。――うりゃあっ!」

 イスをぶつけると、窓が割れた。

「どうだ、飛鳥」

「画面が真っ暗になった!」

「おい! どうなってるんだ!?」

 優が叫ぶが、子竜が知るわけがない。ちょっとした思いつきだったのだ。

「みんな、とにかく窓を割れっ!」

「よっしゃあああ! 加藤め! 生きてる人間をなめんじゃねえええええええ!!」

 優が怒りをぶつけるように、窓をたたき割りはじめた。

「お前らもやれ! すっきりするぞ!」

 そう優に言われた俊一郎と昭夫もむしゃくしゃを発散するみたいに、次々と窓を割りはじめた。

「飛鳥も手伝ってくれ!」

「こんなことして意味あるの!?」

「さあなっ。でも俺たちのことを、ただでのぞき見させる必要はないだろっ」

「……分かった」

 飛鳥もイスで窓ガラスを割った。

「どうだ、飛鳥」

「うん! 悪くないかも!」

 どこまでも続くかのように思えた廊下だったが、窓を割り続けると、やがて行き止まりにぶつかった。

「よっしゃ! これで最後だっ!」

 最後の一枚を割った。

「おい、子竜! 何も起きねえぞ!」

 ズゥゥゥゥゥゥンッ! 腹に響くような音と同時に、立っていられなくなるほどの揺れが子竜たちをおそう。

「ワン! ワンッ!」

 焔がはげしくほえまくると同時に、子竜のそでを噛んで引っ張る。

「どうしたんだよ、焔……」

 ドォォォォォォンッ!

「今度は何だ!」

「子竜、見て!」

 飛鳥は教室を指さす。その教室の天井が落ちたのだ。

「ああああ! 廊下の床が!」

 昭夫が悲鳴を上げた。こちらに向かって、廊下の床がどんどん落ちていく。落ちた先は闇。

 焔がそでを噛み続ける。

(そうか!)

「みんな! 手をつなげっ!」

「はあ!? 何いってるんだよ!」

「いいからっ! このままじゃ死ぬぞ!」

 子竜は焔の毛をつかむと、飛鳥の手をにぎる。

 飛鳥は優の手を、優は俊一郎、俊一郎は昭夫の手をつなぎあった。

「いいぞ、焔!」

「ワウオォォォォォン!」

 焔が駆け出す。子どもとはいえ、五人もの人間の体重などものともしない。しっかりしがみついていなければ、はねとばされてしまいそうな力。

 疾走する焔は、床が落ちていくよりもはるかに速い。

 しかしそのかけ続ける先にあったのは、

「おい! 焔、そこは壁……!」

 しかしみるみる廊下の行き止まりが近づいてくる。

 子竜たちは目をぎゅっと閉じた。

「うわああああああああああっ!」

「きゃあああああああああああっ!」

 全員の悲鳴が交錯する――直後、子竜たちが感じたのは、しんっとした静けさ。

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