鏡の世界(3)

 子竜は〈迷宮学園〉をタップすると、優はすぐに見つかった。

 優は教室に立てこもり、前と後ろの扉をふさぐように机とイスを使ってバリケードを作っている。

「飛鳥、行くぞ。しらみつぶしだっ」

 飛鳥は俊一郎と昭夫を見る。

「二人はどうするの?」

「おい、お前ら。ここで自暴自棄になるか、俺についてくるか、選べ。いいなっ!」

 子竜は飛鳥の右手をつかむと、2人の答えを待たずに走り出す。

「ま、待ってくれっ!」

 すぐに2人分の足音がやってくる。

「ちょっと乱暴なやり方じゃない?」

「あいつらの説得なんてやってると、それこそ取り返しがつかなくなる」

 しらみつぶしに教室を確認していくと、ようやく目的の教室を見つけられた。

 後ろの扉を開けようとするが、どうやらうまい具合に机とイスを組み合わせ、引き戸が開かないようにしているみたいだ。前の扉も同じ。

(仕方ないな!)

 扉についているのぞき窓から中の様子を見ると、がらんとした教室の中で優が体育座りをして、両足の間に顔をはさんでいる。

「先輩!」

 子竜が扉をがんがんと叩けば、優はびくっとして顔を上げた。

 その顔にぎょっとした。

 目は落ちくぼんで、頬はげっそりとこけてしまっている。

「し、子竜? ほんとうに子竜か?」

 優が立ち上がり、こちらへふらふらしながら近づいてくる。

「先輩、逃げましょう!」

「待て……。お前、加藤秀樹だな! お前、子竜の顔をまねて……」

 優はいやいやと首を振りながら、後ろにさがった。

「俊一郎! 昭夫! お前らからも呼びかけろ!」

「先輩! 一緒に逃げましょう!」

「し、子竜のやつ、すごいんです! 化け物を倒して……」

 二人は扉にすがりついて声を上げるが、

「お前らは本物じゃないっ。亡霊だ! 俺はこのまま加藤秀樹の呪いで殺されるんだぁ!!」

 優は両耳をふさいで、こっちに背を向けてしまう。

「子竜、もう僕たちだけで逃げようよぉ!」

「そうだよ。このままじゃ先輩もろとも加藤秀樹に殺されるよぉ!」

「二人とも、落ち着いて! あなたたち、いっつも一緒にいるでしょ!? 先輩を見捨てるの!?」

 俊一郎はふてくされたみたいに唇をとがらせる。

「……言うこときかないと殴られるから、従ってただけだし」

 昭夫も「俺だって好きで一緒にいたわけじゃあ……」と口ごもった。

「うわああああああ!!」

 その時、教室から悲鳴が聞こえた。

 のぞき窓を見ると、優が尻もちをついてベランダを見ていた。

「な、なにあれ……」

 飛鳥があぜんとする。

 ベランダから巨大な人体模型が教室をのぞきこんでいた。

 見ぃぃぃぃいつけぇぇぇえぁぁぁぁあああ!

 人体模型が巨大な腕を教室に入れる。はきだし窓は閉まっているはずだが、巨大な腕はすり抜ける。

 巨大な手が、動けない優を掴んだ。

「やだやだぁ! 助けてくれえぇぇぇぇ!」

「焔! 扉を開けるまで、守ってやってくれ!」

「ワオォォォォォォォンッ!」

 焔が扉をすりぬけ、人体模型の腕にかみつく。

 あああああああああああああああ……!!

 人体模型の身体が揺らぐ。そのひょうしに、優が床に落ちた。

 人体模型が腕を大きく動かせば、焔が黒板に叩きつけられる。

「子竜! 私に任せて! はああああああああ!!」」

 飛鳥の蹴りが扉を破壊し、バリケードもろともなぎたおす。

「助かった! 飛鳥はその2人を頼む!」

「任せてっ」

 人体模型はその身体の大きさに比べると、感じる霊力は少ない。

「見かけ倒しは消えろ!」

 子竜は印を結んで護符を3枚にぎりしめると、人体模型の腕に叩きつけた。

 オオオオオオオオオオオオオオオオオオ……!!

 巨大人体模型が白目をむいて、大きくのけぞる。この建物がくずれてしまうんじゃないかというくらい地響きを感じた。

 人体模型の手足がバラバラになり、バラバラになるそばから、次々とけむりのように消えていった。

「先輩、平気ですか!? ――おい、起きろって!」

「あ……子竜……」

「先輩! 早く立って下さいっ!」

「おおお! ありがとう、子竜! おかげで助かったぞっ!」

 抱きつかれてしまう。今にもつぶされてしまいそうな力だ。

「わ、分かりましたから、とにかく外へ……!」

「ん? ありゃ何だ? 犬……?」

 抱きついたまま優は、間の抜けた声をもらす。

「先輩、焔が見えるんですか?」

「よ、よく分からん。今、確かに見た気がしたんだが……。いや、悪い。何でもない。見間違いだ。――そんなことより、あの巨大な人体模型をぶっ倒した力は何だったんだ? そのへんてこりんの服のおかげか?」

「俺の家は代々陰陽師の家柄で、この服は陰陽師の正装です。陰陽師ってのは平安時代から幽霊や妖怪のおはらいをしている人たちのことで……」

「お前、インチキじゃなかったのかよ!?」

「まあ、それには色々と事情があるから、ここを出てからにしましょう」

「どうやってここから出るんだ?」

「……分かりません」

「じゃあ、俺たちはここで死ぬ、のか……?」

 優は、ひざからくずれる。

「みんな、ここに来る前後の記憶はどうだ? 飛鳥はよくおぼえてないみたいだけど」

「俺もそうだ」

 優をはじめ、俊一郎や昭夫も記憶がないらしい。

「おぼえてるのは俺だけか……」

 子竜は自分がここにきた経緯を伝える。

「っていうことは、出る方法も……姿見、か?」

 優が肩で息をしながら言う。

「たぶん」

「じゃあ、その姿見を探せばいいの?」

 飛鳥が不安そうにつぶやく。

「もし、加藤が出させる気があるんだったら、な。――ところで先輩、動画で出したあの卒業アルバムとかってどうやって手に入れたんですか?」

「ある日、登校したら俺の机に段ボールが置かれてて、そこに入ってたんだ。その段ボールには手紙もあって、加藤秀樹に関する情報が書かれてたんだよ……」

「怪しいとか、思わなかったんですか!?」

「でも動画もいつも見てて、俺のファンだって書いてたし……」

「……とりあえず歩こう。ここでじっとしててもらちがあかない」

 子竜は優たちに声をかけ、歩く。

 焔にも手伝ってもらって、それらしいものを探すが、何も見当たらなかった。

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