第4話 鏡の世界(1)

 目覚めた子竜がうつぶせの格好で倒れていたのは、薄汚れた木製の廊下。そこは〈迷宮学園〉で何度も目にした光景。

 立ち上がると、外に面した窓からは校庭が見えたが、窓はびくともしない。

「ワンワン!」

「焔! お前もいたのかっ!」

 正直、怖くて泣きそうだったから、焔の存在は心強かった。

「くぅうん、くぅんっ」

 焔がまるではげますように顔をなめてくれると、身体の震えが少しずつおさまっていく。

「……飛鳥を助けなきゃな。ついでにあいつらも」

「ワン!」

 スマホを取り出し、アプリを確認すると、飛鳥たち、そして自分の姿が様々な角度からうつし出される。

 と、重たい何かを引きずるような音が背後から聞こえた。

 ズズッ……。

 ズ、ズズズズッ。

 アアアア、アアアアアアア……ッッ!

 暗がりから姿を見せたのは、人体模型。しかしただの人体模型じゃない。左半身が内臓の構造を説明するものだが、そこから赤黒い血が滴り落ちていた。

 人体模型が動くたび、心臓や胃袋がグチョッ、ネチョッと嫌な音をたてながら床に落ちる。

「焔、いけっ!」

「ガウウウウッ!」

 焔が人体模型にかみつく。

「臨! 兵! 闘! 者! 皆! 陣! 列! 在! 前――――――――――ッ!」

 印を結び、ポケットに入れていた護符を投げつける。

 焔がタイミングよく人体模型と距離をとる。

 ギアアアア!? お札が絡みついた瞬間、人体模型は燃え上がり、あっという間に消えてなくなった。

「よし、先に進もうっ」

「ワン! ワンッ!」

 子竜は、焔のあとに続く。

 廊下はどこまでもえんえんと続き、左手側にある教室はどれもこれも同じで、同じ場所をぐるぐると回っているような気がしてしまう。

 と、焔が教室の前でとまり、わんわんとほえる。

 見ると、飛鳥が席についていた。

「飛鳥!」

 子竜が叫びながら教室に飛び込むと、飛鳥はゆっくりと顔を上げた。

「飛鳥! 平気か!?」

「……へ?」

「俺だ。子竜だ!」

 飛鳥が顔を上げると、抱きついてきた。びっくりしながらも、飛鳥を抱きしめる。

「じ、人体模型がおそってきて……!」

「大丈夫。そいつなら倒したから」

「でも、どうして子竜がここに? その服、なに?」

「飛鳥がいつまでも家にもどらないっておばさんから電話があったんだ。最悪のタイミングだったんだぜ? じいちゃんは別の除霊の仕事で留守だしさ……。俺が行くしかないだろ。これは陰陽師の正装だ。ないよりマシだと思って、着てきた」

「私なんかのために……。ありがとう!」

「飛鳥こそ。学校で調べ物するって、クラスのやつに言ってたみたいだけど。どうしたんだよ」

「先輩たちが〈迷宮学園〉の中にいるのは、霊のしわざだって証明したかったから……」

「無茶苦茶すぎるぞ! 一度、あんな危険な目にあってるくせに!」

「あの時は子竜が助けてくれたじゃない」

「助けてないっ! 俺が巻きこんだんだよっ。調子にのって幽霊退治なんてやっちまって。あげく、やばい奴を目覚めさせて……。飛鳥は入院したんだぞ!?」

「私の足はもう大丈夫だよ。もう大丈夫なの」

 飛鳥は、子竜の右手を両方の手で包みこむ。

(飛鳥、手が小さいんだな)

 そんなどうでもいいことを考えてしまう。

「あのときの子竜は確かに調子にのってたかもしれないけど、正義感があった。子竜に相談した子たちは、問題が解決したって喜んでたし。子竜が自分のこと、インチキ霊能者だって言っても、信じてなかったよ」

「え?」

「だって、本当に困ってる人たちを子竜は助けてあげたんだから。でも今の子竜は正義感や勇気をなくしちゃったみたい。私はまた昔の子竜にもどって欲しかったの。でも、ごめんなさい。私のせいで、子竜まで巻き込んじゃって。なんてバカなことしちゃったんだろ……」

 飛鳥が悲しそうな顔をすると、胸がしめつけられるように苦しくなった。

「やめやめ! もう気にするな!」

「し、子竜……?」

「俺は飛鳥が心配で助けにきた。それでいいだろ? 今はここから出ることだけを考えようぜ!」

「うん……。子竜。私たちをこの空間に閉じ込めたのは、加藤秀樹って子の呪いでいいんだよね……」

「十中八九まちがいない。俺は加藤秀樹に鏡の中に引きずりこまれたんだ」

「鏡?」

「飛鳥は違うのか?」

「……違うっていうか、ここに来た前後の記憶があいまいで。私はここに来た時、加藤秀樹におそわれたの。頭が……グチャグチャで……『助けて』って追いかけられて……」

「――くぅうんくぅん」

 焔が、飛鳥の足に身体をすりつける。

「ほーちゃんもきてくれたのねっ! ありがとう!」

 飛鳥が背中を優しくなでれば、焔はうっとりとした顔になる。

「飛鳥、焔に感謝しろ。そいつがお前のにおいをたどって、どこにいるかを教えてくれたんだ」

「ありがと、ほーちゃん。よしよし」

「ハッ、ハッ」

「ふふ、ほーちゃんってばぁ。くすぐったいよぉ」

 飛び上がった焔が、飛鳥の顔を夢中でなめるので、子竜は焔の首ねっこをつまんで、引きはなす。

「そういうことは、ここから出たあとにでも好きなだけ出きるだろ。――飛鳥。残りの三人を見つけようぜ」

「そうだね」

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