迷宮学園アプリ(5)

 子竜が神社の石段を駆けあがると、境内には焔がちょこんと座っている。

「どうした……ん?」

 焔が紙を口にくわえていた。紙を受け取り、開く。

〈子竜へ。じいちゃんは緊急の除霊依頼が入ったから行ってくる。居間のテーブルに5000円があるから、それで何か食べなさい。帰りは遅くなる。 烈竜〉

 じいちゃんはテクノロジー嫌いでスマホを持ってない。

「マジかよ……。な、焔、じいちゃんがどこに行ったか知らないか?」

 焔がウウウウッとうなりだした。

「は? いきなりなんだよ?」

 ワン! ワンッ! ワンッ!!

 焔が激しくほえる。でもそれは子竜に向かってではなかった。

 子竜のポケットに向かってほえている。

 おそるおそるポケットに入っていたスマホを引っ張り出すと、焔は明らかにスマホに向かってほえている。

(焔がこんなにほえるとか、本当にまずいよな……)

〈迷宮学園〉を開いてタップすると、薄暗い廊下と教室がうつしだされ、あの三人の姿を見つけられた。

 声は聞こえないが、彼らがおびえていることが分かった。

 それも心なし、三人はやつれているように見える。

 常に何かにおびえて、周囲をしきりに見回していた。

(じいちゃんが帰ってくるのを待つしかないか)

 飛鳥の顔が頭をよぎったけど、じいちゃんがいないんだからしょうがない、と自分に言い聞かせ、子竜は神社の敷地の中にある自宅に帰った。

 自分の部屋でスマホをいじりながら、時間を過ごす。

 気付くと、もう夕暮れ時だった。お腹もすいてきた。

(どこの出前をとろうかな)

 ピザ、天丼、お寿司。指折りかぞえていると、スマホが着信をしらせる。電話だ。画面には〈飛鳥の家〉と表示されていた。

(なんで家電?)

 不思議に思いつつも、これを逃したらいつまでも飛鳥と話す機会がなさそうだと、子竜は電話をとった。

「飛鳥?」

「あ、子竜くん?」

「おばさん?」

 電話の主は、飛鳥の母親の亜希子さんだ。

「子竜くんの家に飛鳥、行ってる?」

「いいえ」

「学校から今日は部活はないって連絡があったから、すぐに帰ってくるんだろうと思ってたんだけど、ぜんぜん戻ってこなくって。飛鳥のケータイに連絡してもつながらないし。何か知らない?」

「知りません。友だちに聞いてみます」

「ありがとう、子竜くん。何か分かったら教えて。ほら、こんな時だし……中学校で男の子たちが行方不明になってるんでしょ。心配で……」

「何か分かったらすぐに連絡しますっ」

 電話を切ると、すぐに飛鳥に電話をかけたけど、おばさんの言う通りつながらなかった。

 すぐにクラスメートや同じ女子バスケ部の子にメッセージを送る。しばらくして、次々とメッセージが届く。注目したのは女子バスケ部の子からのメッセージ。

〈飛鳥なら、まだ学校にいるんじゃないかな〉

〈何で?〉

〈一緒に帰ろうって誘ったときに、調べ物があるから残るって言ってたから〉

〈そうか。ありがと〉

(調べ物って……まさかあいつ、自分ひとりであいつらを助けようとか考えてるのか?)

 じいちゃんには幽霊には近づくなと、あの事件以来、きびしく言われている。

 でも飛鳥が関わっているのなら話は別だ。

(ごめん、じいちゃん!)

 子竜は部屋のクローゼットを開けると、服を取り出す。それは水色の上衣に、紫色の袴。

 これは神社の儀式で使う陰陽師の正装。この服に用いられた布や糸は、霊山で清められたものだけを使った特別製。まだ修行中の身である子竜が着て、どれだけ意味があるかは分からないけど、ないよりマシだ。正装に身を包んだ子竜が家を飛び出すと、社殿に向かう。

 ご神体の鏡に頭を下げ、奉納されている護符をつかんで外に出た。と、焔が子竜の後を追いかけてくる。

「焔、お前も飛鳥が心配なのか?」

「ワン!」

「一緒にこい!」

 子竜は5000円を握りしめ、タクシーに飛び乗って学校へ向かう。焔も一緒に座席にのったが、運転手には見えないようだ。運転手さんは子竜の格好に驚きながらも、車を出してくれる。

 中学校へ向かう途中、子竜は〈迷宮学園〉をタップしまくった。

 もし、ここに飛鳥がいたら――。

「あっ!」

 思わず声をあげてしまう。

「どうかしたの?」

 運転手さんが驚いたように聞いてきた。

「あ、すみません。びっくり系の動画を見ちゃってて」

「あはは。そういう動画おおいよねえ」

 運転手さんの話を右から左に聞き流し、子竜は手が白くなるくらいスマホをにぎりしめてしまう。〈迷宮学園〉の画面には、飛鳥の姿があった。

 飛鳥はあおむけに倒れていたのだが、むっくりと身体を起こして、辺りを見回している。

 その表情は不安とおびえがいりまじっていた。

(飛鳥……!)

 飛鳥は心細そうに画面の奧へ消えていく。

 タクシーがとまった。

「つきましたよ」

「おつりはいりません!」

 運転手さんに5000円を押しつけ、子竜はタクシーをおりた。

 日は完全に暮れて、空には三日月が妖しく輝いている。

 すでに校門は閉まっていたが、職員室に明かりがついていた。

 一瞬、職員室にいる先生に事情を話すべきか考えたけど、幽霊や妖怪の話をしてもふざけているとしか思われないだろう。

 子竜は校門の柵を跳び越えた。

「焔、飛鳥の気配を探ってくれ」

「ワンッ!」

 地面のにおいをしばらくかぐと、焔は校舎に向かって走り出す。

(やっぱり学校にいるのか。ってことは、学校とあの〈迷宮学園〉の空間はつながっているのか?)

 下駄箱で上履きにはきかえ、校舎へ。焔は上の階へとどんどん駆け上がっていく。

「お、おい……。待ってくれぇ……」

 子竜は息を切らしながら後を追いかける。

 特別教室が集まった五階に上がった瞬間、懐中電灯の明かりが目に飛び込んできた。

「!?」

 まぶしくって、顔をかばう。

「誰!?」

 聞き覚えのある女の人の声。

「恒岡先生……?」

「土御門くん、どうしてここにいるんですかっ。その格好は!?」

 嘘をつくべきか迷った。でも恒岡先生は生徒のことを思いやってくれる人だ。分かってくれるかも知れない。

「この格好はちょっとワケがありまして……。それより先生、飛鳥を見ませんでしたか?」

「稲荷さん? いいえ」

「あいつ、今も家にかえってきてないみたいで。友だちの話だと、学校に調べ物があるって残ったみたいで」

 こうして話している間、焔は先生の匂いをかいだかと思えば「ウウウッ」と姿勢を低くしてうなりだす。

(焔、なにやってんだよ……)

 焔を目のはしで見ながら、恒岡先生と話をつづける。

「戻っていないならすぐ警察に――」

「先生、待って下さい! 警察に行っても無駄です! あいつは、〈迷宮学園〉の中にいるんですっ!」

「あのアプリの撮影場所がどこか、分かるの?」

「多分、この学校のどこかとつながっているんだと思います」

「つながっている?」

「俺の家が神社だってことは知ってますか?」

「え、ええ。すごく古い歴史があるのよね」

「実は俺、幽霊とか妖怪の気配が分かるんです。この〈迷宮学園〉を見た時、嫌なものを感じたんです。この〈迷宮学園〉は閉ざされた空間で、現実には存在しない」

「つ、土御門くん。あなた、稲荷さんと親しかったわよね。でもね、こういう時こそ冷静にならないと。職員室へ行きましょう。お茶を飲んで落ち着いて……」

「先生、信じて下さい! これは警察じゃ解決できないんです! 行方不明の三人も、飛鳥も、このままじゃ戻ってこないんです!」

「そんなこと言われても……」

 その時、「ワンワン!」と焔が家庭科室の前で激しく鳴いていた。

「先生、すいません!」

「土御門くん、待ちなさいっ!」

 恒岡先生を無視して、家庭科室に飛び込んだ。焔はさらにほえる。

 そこは家庭科準備室。扉を開けると、かびくささとこもった空気のにおいを感じた。

 布がかかった背の高い物に対して、焔がほえていた。

 布を取れば、汚れた姿見があらわれる。

「っ!」

 全身の鳥肌が立った。鏡には子竜がうつっていた。それは当たり前。

 でもそのすぐ背後に、青白い顔をしたつめえりの制服姿の少年がいたのだ。

 加藤秀樹。優が動画で紹介した、卒業アルバムにうつっていたのと同じ顔をしている。

 しかし幼い顔立ちの秀樹の顔が突然、ぐにやぁりとゆがみ、まるで笑うような顔に変化した。

「助けてぇえええええええええええええぇ……!」

 鏡から腕が伸び、子竜の右手首を掴む。

「―――――!」

 信じられないほどの力で鏡の中に引きずり込まれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る