第3話 迷宮学園アプリ(1)

  鈴木優は「う、うーん……」とうめきつつ、目を覚ました。

(あ、あれ? 俺……)

 ぼんやりする頭であたりを見回すと、そこは薄暗い廊下。壁に手をついて起き上がると、ミィシィ、と床が鳴った。

 黒くくすんで、古びた木製の床と壁。ジメッとした空気が気持ち悪い。蛍光灯はないが、外から差し込んでくる月明かりのお陰で数メートル先くらいまではなんとか見える。

 右手側には外の面した窓。左手側には教室が並んでいた

(俺は学校にいたはずだけど……)

 最近あげた動画は過去最高の再生回数で、動画を出して二日でもうすぐ500回を突破する勢い。登録者数も100人をこえた。

(このままいけば、俺も人気配信者だ!)

 今日は新たな動画を作成するために、学校の調査をしていたはず――だった。でも記憶があやふやで、どうして自分がここにいるのか全く分からない。

「俊一郎! 昭夫!」

 子分の名前を呼ぶが、声は反響するばかりで誰の声も返ってこない。

 外側の窓をのぞくと校庭が見えた。窓を開けようとするが、どれだけ力をいれてもびくともしない。

「どうなってるんだよ……」

 校庭があるということは、ここは学校。でも雰囲気が全く違う。そもそも木造の校舎じゃない。

 優は不気味な廊下をとにかく進んでいく。

 不意に背筋にぞくりとくるものがあった。でも振り向けない。

(後ろに、誰かいる……?)

 優は、かわいた唇をなめる。

「しゅ、俊一郎? 昭夫かっ……?」

 震える声で問いかけるが、答えは返ってこない。

 拳をにぎりしめる。誰だか知らないが、ビビッてるなんて思いたくなかった。

「一体誰なんだぁぁぁぁ!」

 絶叫しながら振り返れば、そこにいたのは――。

「っ!?」

 顔がぐちゃぐちゃに変形しているが、かろうじて誰かが分かる。

「か、加藤、秀樹……」

「あ、あ、あ、あ、あ、あ、あ」

 秀樹は、空洞のような口をあんぐりと開ける。

「じゃあ、これは呪い? 俺、呪われた……?」

「助けてええええええええええええええ!!」

 加藤秀樹が両腕を大きくのばし、こちらに向かってくる。

「うわあああああああああああああああ!!」

 優はわきめも振らず、逃げ出した。

「うぁ!?」

 何かにつまずき、思いっきり顔から床にダイブした。

「いって……」

 鼻をおさえながら顔を上げる。うしろを見るが、加藤秀樹はいなかった。

「ははは……」

 逃げられたのだという安心感で、思わず笑ってしまう。

 後は、あの二人を探すだけ。

 教室の中に俊一郎と昭夫を見つけた。真っ暗な室内だったが、二人の姿がぼんやりと闇の中に浮かんで見える。

「おい! お前ら!」

 教室の後ろ側の扉を開ける。二人は抱き合って、震えていた。

 優を見ると、二人が抱きついてくる。

「くっつくなぁ!」

「先輩、大変なんです!」

「俺たち、加藤秀樹に襲われたんですぅ……!」

「俺もだ! ……って、そんなことはどうでもいい! さっさと帰るぞ!」

「は、はひっ! すみませぇん!」

 忍び寄る恐怖を振り払うように、優は怒鳴った。

 優は俊一郎と昭夫を先頭にさせ、廊下を進んでいく。

「昭夫。お前、何があったか覚えてる?」

「よ、よく分かりません。どうしてこんな場所にいるのかも……」

 優はスマホで友人にメッセージを送ろうとするが、送信できなかった。電話もつながらない。

「ちくしょう……っ」

 優がそうつぶやいた瞬間、ズ、ズズッ、ズズズズズ、と進行方向の闇に沈んだ廊下の奥から、何か重たいものを引きずるような音が聞こえた。

「おい、今の聞こえたか!?」

 優の声が静まりかえった廊下に響く。俊一郎と昭夫は表情を強張らせたまま、動けないようだった。

「どうなんだよ、俊一郎……」

 ズズズズッ!

 暗闇から右手らしいものがぬっと出てくる。次に左腕。そして頭が現れる。

 それは人体模型。左半身は筋肉、内臓が露わになっている。


 アアアアアアアアアア……ッ!!


 人体模型のぎょろぎょろと動く目が、優たちをとらえる。瞬間、人体模型は手足を素早く動かし、優たちめがけ這ってくる。人体模型が動くたび、肺や胃袋がボトッボトッと床に落ちるのだ。

「うわあああああああああ!!」

「おい、お前ら! どこに行く!?」

 俊一郎と昭夫は、優をおいて逃げ出す。

「こ、こんなんでびびるかよおおっ!」

 優は、高速で接近してくる人体模型の頭を思いっきり蹴ろうとした。しかし人体模型が右の上履きの爪先に噛みついてきた。

「ひい!?」

 歯、そして舌の感触がはっきりと分かる。

「ああああああああ! 待て、お前らぁ!」

 優は必死に右足を動かせば、上履きがひっこ抜けた。

「待て、ま、待ってくれぇ……!」

 優は泣きながら二人を追いかけた。

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