陰陽師の少年(6)

 夕飯を終えると、じいちゃんが「道場へ行くぞ」と告げた。

「えーっ。メシ食ったばっかりじゃん……」

「喝!!」

「うわ!」

 大きな声に、子竜は引っ繰り返った。

「なまけ者は、腕のいい陰陽師になれんぞっ!!」

「わ、分かったよぉ……」

 白い上衣に黒い袴の道着に着替えて、同じ格好のじいちゃんの後をついていく。

 道場というのは裏山にあるお堂のこと。

 神社の裏山はただの山じゃないと、じいちゃんは言っていた。この地域の神様が住んでいるらしい。

 両開きの重たい扉を開けると、小さな空間が広がっている。

 子竜はじいちゃんと向かいあうように、座った。

「……意識を集中し、自分の中にある力の声に耳をかたむけるのじゃ」

「う、うん」

 言われた通りしてみるが、声なんて聞こえない。

「じいちゃん、なにも聞こえないんだけど……」

「そんな簡単に聞こえるはずがなかろう。時間がかかるものじゃぞ」

 もう一度、意識を集中させると、ほんのりと胸のあたりが温かくなるのを感じた。

 その温かさが、ゆっくりと身体中に広がっていく。

 まるで、たくさん日に当てた布団に飛び込んだ時みたいな。

 すごくおだやかな気持ちになる。

 チリン……。

(え?)

 綺麗な鈴の音色が聞こえた。

 目を開ければ、まばゆい光の中に子竜は立っていた。

 その光を背に誰かが立っている。その人が鈴を鳴らしている。

 まばゆい光の中で、その人の表情なんて分からないはずなのに、笑っていると分かった。

 優しく微笑んで、子竜を見つめている。

 チリン。


「っ!」

 子竜が目を開けると、蛍光灯が見える。

「おお、子竜! 起きたかっ!」

「じ、じいちゃん……俺……」

「いきなり気絶してびっくりしたぞ。大丈夫か?」

 じいちゃんは安心したのか、嬉しそうに目を細めた。

 心配をかけたのは悪かったけど、子竜はさっき感じたぬくもりのおかげで幸せだった。

「鈴の音が聞こえた」

「本当か?」

「それに、優しそうな人にも会ったような気がする。変な夢だった……」

 じいちゃんが、子竜の頭を優しくなでる。

「それはな、青竜様の退魔の鈴じゃ」

「せいりゅう、さま……。あの人が?」

「ああ。ワシも若い頃に鈴の音を聞いたんじゃ。退魔の鈴はあらゆる災厄をしりぞけると言われておる。あの音を聞かせたということは、お前の中に流れる土御門の血が青龍様に認めていただけた、ということじゃ。疲れたろう。眠りなさい」

「うん……」

 まぶたが重い。じいちゃんの声が遠くなる。子竜は夢の世界に吸いこまれていった。

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