陰陽師の少年(5)
「よし! ここまでくれば、たぶん大丈夫!」
ここは非常階段の踊り場。飛鳥と子竜は肩で息をしながら、階段に座っていた。
「はぁぁ~。こんなに走ったの久しぶりだよ……」
「ハハ。そう? これくらいバスケ部だと当たり前だよ? 子竜も男子バスケ部に入って、きたえてもらったら?」
「ぜっっっったいイヤだ。――それにしてもさ、飛鳥。無茶しすぎだって。どうしてあんなことしたんだよ」
「だって、危ないと思ったし」
「俺があんな連中に負けるかよ」
「……でも、先輩にからまれるのって私のせいだし」
「飛鳥は関係ない」
「そんなことない。私が……」
「違う! あ、ごめん……。飛鳥は部活いけよ」
「……本当に大丈夫?」
「平気だよ。部活をサボらせるほうがよっぽどイヤだし」
「分かった。じゃあ、また明日ね」
非常階段を下りていく飛鳥を、子竜は見送った。
(飛鳥のやつ……いつまでもあんなことを気にしてるなんて。悪いのは俺なんだから)
土御門家の人間は赤ん坊の頃から、先祖から受け継いだ妖怪や悪霊を倒す力を持つ。
これは〈調伏の力〉と言われている。
物心がついた時から子竜は、普通の人間には見えないものを見ることができた。
しかしじいちゃんからそれを口に出してはいけないし、心霊現場のようにいわく付きの場所には決して行ってはいけないと厳しく教えられていた。
でも他の人には見えないものが自分には見えることを、小学生の子竜が黙っていられるはずがない。
小学校4年の時、学校で怪談がはやった。
みんなが怖い本を持ち寄ったり、ネットの動画で怪談を聞いたりした。そのうち、クラスの女子が幽霊を見たと言い出す。
男子は「幽霊なんて本当にいるわけないだろ?」「はいはい、そういうのいいから」とはやしたてたが、その女子は本気で怖がって、ついに泣き出したのだ。
子竜には見えていた。
女の子が泣くたびに、後ろでケラケラと笑う、半透明のおじさんの姿が。
除霊するさいのじいちゃんの見よう見まねのおはらいをしただけだけど、おじさんの幽霊はびっくりしながら消えた。
きっとあれは呪文の効果があったのではなく、子竜に流れる土御門家の力を怖がったのだろうと今なら思える。
女子は「子竜くんのおかげで幽霊がいくなった!」と喜んでくれた。
この話はあっという間に学校中に広がり、幽霊に関する相談が子竜のもとには連日やってきた。
飛鳥は何度もやめるよう言ったが、子竜は聞かなかった。
自分にはらえない幽霊や妖怪はいないと完全に調子にのっていた。
子竜はお金まで取るようになった。中には、子どもの話を聞いた大人からの相談を受けたこともあった。
お小遣いも手に入るし、感謝もされる――一石二鳥なんだから、おじいちゃんには黙っていて欲しいと飛鳥に伝えた。
そんなある日、あの話が舞い込んできた。
クラスメートの男子が謎を解明して欲しいと言ってきて、1万円を渡された。
それまでの依頼はせいぜい1000円どまり。1万円ももらえると言われ、子竜は大して話も聞かずに受けた。
心配する飛鳥と一緒に子竜は、その男子の祖父母の家がある場所へ向かった。
そこは見渡す限りの田んぼと山だらけの田舎。
目的地は誰も管理する人がいなくなった廃神社。そこの半ばくちた社殿にある、日本刀の謎を解明するのが目的。
その日本刀は今までたくさんの人間を斬ってきたらしい、とその男子が言った。
夜に早速、神社へ行ってみた。
夜のほうが雰囲気があって、除霊がはえるだろうと考えたのだ。
石段を登った時、子竜は全身の鳥肌が立ち、冷や汗が流れるのを意識した。
土御門神社とはぜんぜん違う。
ネットリとした嫌な空気が広がり、その嫌な空気の源は社殿だった。
明らかにその日本刀はおかしかった。
これまで子竜がはらった幽霊や妖怪とけた違いなのは明らか。今すぐ帰りたかった。 でも周りから「妖怪博士だ!」「少年霊能者だ!」とほめられて後にひけない子竜は、テキトーにやって帰ろうと思ったが、無理だった。
社殿に近づいた瞬間、社殿から朽ちた鎧武者が姿を見せたのだ。
武者は奉納された日本刀を手に、斬りかかってきた。
いつもどおり、じいちゃんの見よう見まねの呪文を唱えても効果なし。
鎧武者が刀を振り上げ、倒れた子竜に突き立てようとした――。
覚えているのはそこまで。
目が覚めると子竜は入院していて、そばにじいちゃんがいた。
じいちゃんは子竜が目覚めるや、激しい口調で説教された。
子竜は怖いのと、痛いのとで泣いた。
しばらくして落ち着いてきた子竜は、
――飛鳥は!? 飛鳥は大丈夫なの!?
そうじいちゃんに聞いた。
――入院してる。足に大ケガを負って……。全治半年だそうだよ。
――あのサムライだ!
――……いや、お前が――お前の中にいる奴がやったんだ。
――ど、どういうこと?
――お前が赤ん坊だった時に高熱におそわれたが、病気ではない。土御門家の強すぎる霊力に耐えきれずに起きる現象だったんじゃ。このままではお前は死ぬ。……そこでワシと息子たちは、お前を助ける為に禁忌を犯したのじゃ。
土御門家が一流の陰陽師と呼ばれたのは、先祖である土御門青竜が日本中で暴れ回っていた温羅(うら)という鬼を倒したから、とじいちゃんは言った。
でも実は倒していなかった。倒せないくらい温羅の力は強かったのだ。
青龍は温羅の身体を右手、右足、左手、左足、頭、胴と6個のパーツに分けると、それぞれを自分の一族に分け与えて封印したのだ。
そして土御門神社には頭が封印されていた。赤ん坊を救うにはより強い力を持った存在で、土御門の力をおさえるしかない。温羅の頭に封じられた力を、子竜に注ぎこんだ。
温羅の力が目覚めぬようにしっかりと封印をほどこした。だから安全だと思っていた、とじいちゃんは言った。
――お前がそのサムライの亡霊に殺されたそうになった時、温羅の力が目覚めたのじゃ。お前が死ねば、温羅の力も失われるからのう。温羅は亡霊を倒した。しかしそれだけにとどまらず暴れ回り、飛鳥ちゃんともう一人の子を傷つけてしまったんじゃ。ワシが異常に気付いて現場に駆けつけ、間一髪のところで封印しなおしたから被害はそれですんだのじゃが……。
子竜はすぐに同じ病院の別の部屋に入院している飛鳥の元へ向かうと、「ごめん! ごめん、飛鳥!」と何度も何度も謝った。
謝って済むことではないと分かっていたけど、そうするしかなかった。
――大丈夫だよ。子竜。でももうおじい様との約束を破ったりしないでね。
足のケガのせいでバスケの大会に出られなくなったというのに、飛鳥はそう言って許してくれたのだ。じいちゃんに怒鳴られるよりも、そんな飛鳥の姿に自分はとんでもないことをしてしまったと子竜は後悔した。
だから子竜はもう心霊に関する相談は受けないことにした。自分は実はインチキで、ウソをついてみんなをだましたと謝った。
それがきっかけで小学校を卒業するまで無視されたけど、後悔はしていない。
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