第264回非公認チーム対抗推し活マウントレース大会

クマ将軍

ようこそ夢の祭典へ

 日本の某所某地。

 そこには、人知れず行われる過酷な大会があった。


 約五千万人の人々がそれぞれ推しへの想いを抱え、仲間と共に勝利を目指す大会。その名も『チーム対抗推し活マウントレース大会』。

 月一回に開催されるその大会が今、始まろうとしていた。


「さぁやって参りました! あなたと私、これから始まる夢の祭典。第二百六十四回チーム対抗推し活マウントレース大会の時間です! 司会はこの私! 第一回から実況を務めて参りました夢宮と申します! そして解説を担当してくれる今回のゲストはこちら!」

「……え、え? 何? ついさっき布団に入ったような……?」


 実況の言葉と共に、隣の席の下からにゅっと出てきたのは一人の少女。


「趣味なし興味なし、推しているものもない! 人生に彩りもない! 可哀想な人代表の赤ちゃんさんです!」

「え、何? 今初対面の人に喧嘩を売られてる?」


 一体この状況はなんだろうと思いながらふと自分の姿を見てみると、自分が椅子に縛られている事に気付く。


「……え、拉致?」

「可哀想な人種でありながら冷静にツッコミをしてくれる素質持ちを探しておりました! 栄えある大会の解説として期待してますよ赤ちゃんさん!」

「あの、赤井ですけどその呼び方はやめて?」

「では本大会について説明を致しましょう!」

「無視かよ」


 そしてふと気付く。

 前方には巨大なモニターが置かれており、そのモニターには神輿を担いた無数のチームがスタートラインに待機している光景が映っていた。


「え、何この人達……テレビでもこんな人数見た事ないんだけど……」

「今大会に参加している人数は約五千万人! 日本の総人口の約半分が参加しています!」

「正気か?」

「一つのチームに付き一つの神輿! 神輿には各チームの推すキャラ、人物、作品に関連したグッズを奉納していただき、各チームはその神輿を担ぎながらゴールを目指します!」

「えーと……つまり神輿レース?」

「そうです! 推しグッズを奉納された神輿は言わばそのチーム、果てはファン全員の象徴!  それ故に彼らはその神輿をゴールに導かなければなりません! ファン全員の想いを! 期待を! 誰にも負けない推しへの想いを燃やしながらゴールへと向かうのがルール!」


 そして見事一位になったチームは推しに対する想いを貫いた事により、推しの影響が広がりファンが増えていく事になるのだ。因みに非公認である。


「一体何を言ってるの」

「ただし決して自分達の神輿を落としてはなりません! 落とした時点で失格です! それ以外ならなんでもありです! 是非身命を賭し、推し活してください!!」

「静かに推し活出来ないのか」


 ルール説明が終わり、各チームの自己紹介が始まる。


「この数を紹介とか正気?」

「それではスタートラインの前線に立つのは今大会の優勝候補! デビュー歴三十年! 日本中のアイドルの前線に立ち、今尚親しまれている古参アイドルグループ『かっちゃんズ』を推す主婦の方々だぁ!」

「こんな頭おかしいレースに出てないで旦那と子供が待ってる家に帰って」


 しかし彼女達の様子がおかしい。

 何やら一様に隣のチームへガン付けている様子だ。


「おーっとどうやら隣のチームに因縁付けている様子ですねぇ! 隣のチームも同じく優勝候補! 昨年放送が始まって以来全世界で話題となっている覇権アニメ『プロジェクター・壊』を推す方々のチームです!」

「あーあのアニメね。友達が昨日、主人公のプロジェクターが母親に思い出の記憶を壁に映すシーンは泣いたとか言ってたっけ」

「おいカメラ止めろ。いくら興味ないとは言えネタバレを言う友達は天誅だ」

「急に豹変するじゃん」


 因みにキャッチコピーは『最後まで生き様を映してやる』である。


「おーっとどうやら『かっちゃんズ』を推していたメンバーの一人が『プロジェクター・壊』のチームに移ったという経緯があるようです! 所謂推し変による裏切りですね!」

「趣味なんだから許してよ」

「さぁ時間も押してきましたし、紹介は終わりにしてレースを始めたいと思います!」

「だろうと思ったけど残りのチームが可哀想」

「大体廃れ終わった奴かマイナーな奴なので!」

「人の心とかないの?」


 カウントダウンが始まり、あれだけ推しについて騒いでいたチームが静かになる。

 これは月に一回の大会。負けても来月がある。

 しかし推しと流行りは一日どころか下手すれば数分で変わるもの。

 そう、明日の自分は今日の自分ではない。

 故に勝たなければならない。

 勝って推しの影響を広げ、未来永劫幸せな推し活をするために。


 ――今。

 始まる――。


「おーっと先頭へ躍り出たのはPVで話題が沸騰し、先月上映された映画『千は百よりも多い』を推しているチームだーっ!」

「おぉ凄い好スタート……あれ? でもその映画って……」

「おっとどうした事かぁ!? 誰よりも先陣を切ったそのチームが一瞬にして失速! まるで実際に上映された物のあまりのクソ映画にコケたかのような失速だぁ!」

「映画の上映後はまさにそれだけど言い方」


 最後は『それでも俺達はあの映画を愛しているんだーっ!』と言いながらそのチームは最後尾へと下がっていき、戻る事は無かった。


「例えどんな作品でも愛している人達はいる……まさに愛ですね」

「一番貶してたのお前じゃい」

「さてレースは序盤の難関! ダウンヒルコースに入りました!」

「まさか神輿で峠を攻める気?」

「人気の低迷、迷走するテコ入れ、上下左右に揺れ動く作品や人を! それでも人は推し続ける! これはその試練! 神輿を落とさずにコーナーを曲がり切り、推し活を貫け!」


 神輿を担いだチームが続々と峠に入っていく。

 そして最初のコーナーに差し掛かった時、それは起きた。


「おーっと!? コーナーに入った瞬間様々なチームがコケて神輿を落としていくぅ〜!」

「まぁあの大人数で曲がるのはキツイでしょ」

「まるで作品の迷走について行けなくなったように! まるで推しに裏切られたかのように! あれだけ推していたグッズを入れた神輿を落としていった!」

「もう一回言うよ。人の心はないの?」


 コケたチームが他のチームの足を引っ張る状況もあり、ここで大半のチームがふるい落とされていった。しかしそれでもコーナーを曲がり切ったチームもいる。


 特にこの二つのチームが大接戦を繰り広げていた。


「あれはマイナーながらもコアなファンが推している知る人ぞ知る名作レース漫画『光は流星のよう』を推しているチーム! そして後方から迫ってきているのは大人気レース漫画の代表『アンタッチャブル・ミラージュ』のチームだ!」

「同じカテゴリ同士の対決か」


 ゴァアアア、ギャアアアッ、と靴が地面を擦りながらドリフトしていく。

 その鮮やかなコーナーの行き方はまるで芸術のようだ。


『はっこのパクリ漫画が! 元祖レース漫画の俺達に勝てる訳がねぇ!』

『レース漫画の全てがてめぇらの漫画のパクリって訳じゃないだろうが! それを言うなら連載時にもっと人気になってから言え!』

「なんて醜い争いでしょうか! これがファン同士の争いか!?」

「こんなレースを開いたばかりに……」


 しかし依然と前は『光は流星のよう』チームが走っている。

 このままこのポジションを維持されれば『U.M.』チームの負けだ。


『お前らは負ける運命さ……こちとら神輿の中に二つのグッズを入れているダブルエンジン搭載……さらには四人駆動という布陣! この勝負、俺達の勝ちだ!』

「そのダブルエンジンは君達に何も動力を与えていないけどいいの?」

「マイナー漫画のためか、四人という少数精鋭ですしね」

『だがコアファンの結束力は高い……! ならば俺達はあれをやるぞ!』


 第四コーナーに差し掛かる。

 そして次の瞬間。


「おーっと!! 溝を使ったドリフトだぁ! これは人気漫画に良くある名シーンを再現した技! これが作品を支えている力という奴だぁ!」

「良く考えて? 実際の足でやったらただの事故だよ」


 実際、溝落とし中にもファン達の悲鳴と断末魔が響き渡っていた。


『ば、馬鹿な!? 俺達もドリフトの名シーンを再現しているというのに、何故お前らの方が早い!?』

『つまり人気の大きさだギャアアア! より広く知れ渡っている方が早いんだギャアアア!』

「あの特徴的な擬音が悲鳴になってますね!」

「あ、うん……そう(ドン引き)」


 足は犠牲になったが、その犠牲の甲斐もあってチーム『U.M.』が抜き去っていった。


「しかし前方を見てください! あれはまさか……乱闘!?」


 レース漫画のファン同士が争っている中、レースの前方では神輿を地面に落として喧嘩を始めるチームがいた。それも一つや二つじゃない。全部のチームでだ。


「やはり始まりました恒例の乱闘! 今回はダウンヒルコースで起きてしまいました! ファン同士の争いとなると物理的な喧嘩になる事も必定! 第一回から続くこの現象に未だかつてゴールに入るものはいないという!!」

「第一回からこの大会破綻してるじゃん」


 こうなってくるとこの大会は中止になってくる。

 始まりは些細な喧嘩かもしれない。

 しかしそれが周囲に伝播し、大事になっていく事もある。

 そして大事おおごとになれば、あれ程大事だいじだった推しが消えていくのだ。


「故に推し活をする時は周囲に迷惑をかけないようにした方がいいんですね」

「元凶はお前らじゃい」

「大会も中止になりましたしこれにて終了と致します! それでは実況はこの私、夢宮マモノと! ツッコミの赤ちゃんさんでしたー!! またねー!」

「え、いや待っ――」


 瞬間、全ての光景が黒に変わる。

 そして一人になった少女は唖然とした表情で周囲を見渡し、叫んだ。




「これで終わり!?」

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