怒涛の国のエリス(5) 気になるあの娘はぱんつドロボー

「一発勝負よ。陽動作戦は此処とココ。無人の対空銃座とミサイルを展開。誘い込んで集中砲火を浴びせるわ」


 ハーベルトは爆撃隊を一網打尽する包囲作戦を立案した。

 町はずれの階段井戸から対空射撃があがる。ZU-23小口径砲ならびにS60自動対空砲が唸る。パッ

 パッと曳光弾が弾道を点描する。


「閣下、来ます!」

 女子オペレーターが叫ぶ。


 早期警戒レーダー「ビッグバック」が超音速で猛ダッシュするXB70を捉えた。各ミサイル大隊の「バーロックB」型レーダーが目標探知捕捉を開始する。Dバンド敵味方識別装置が機影を判別。

 ノースアメリカンXB70戦略爆撃機 シリアル番号62-0207。黒い戦乙女が百三十六人の賭博師を引き連れて怒涛の空を駆ける。


 ハスラーは身軽になるため急加速して燃料を使い切る。機体下部に装着した外装ポッドを投棄する体制に入った。内蔵型Mk54核爆弾は一発で核出力20トンの威力を持つ。


「行け!」


 ハーベルトが起死回生の一撃を命じた。


 牽引式半固定単装式レールランチャーが揃って屹立し、Hバンドのミサイル誘導レーダー「スケア・ベア」が誘導を開始する。二重推進サステーナー固体ロケットエンジンに点火。爆竹がはぜるように次々と離床する。


 ハスラーのパイロットは明後日の方向に敵矢を捉えたが、四基のゼネラルエレクトリックJ79エンジンで逃げ切れると自負した。高度三万五千メートルで二時間のアフターバーナー連続運転が可能だ。


 レーダースクリーン画面で爆撃機が小ばかにしたように踊りまわる。


 ブースターの燃料が尽きたガモンは使用済みの初段を投棄し、メインエンジンに点火する。B58が超音速で上下左右に激しい機動を繰り返す。


「逃がすか! 中間誘導開始」

 祥子がスケア・ベア誘導レーダーの端末を操作すると方向修正指令信号がミサイルに飛ぶ。


「予定迎撃ポイント通過。祥子、終盤誘導お願い」


 ハーベルトの指示に従って指令起爆モードを解除。アクティブシーカー終末誘導ヘッドが作動。索敵円内に獲物を納めた。


 大型の高性能炸薬弾頭はコークボトルに似た機体に食らいついた。


 爆発。


 主翼がもげてボロボロと付け根から溶けるように焼き崩れていく。ハスラーの外装はアルミとフェノール樹脂の積層板だ。


 景気よく燃える!


 賭博師達はガモン対空ミサイルの格好の餌食となった。ぽつねんとXB-70の機影が残っている。


「母親は娘たちほど機敏じゃないわ。一思いに殺しましょう」


 ハーベルトが戦乙女に引導を渡した。XB-70はマッハ3の高熱に外皮が耐えられないため戦闘機はおろか旅客機並みの機動すら制約されている。階段井戸から葬送の狼煙が立ちのぼり、ワルキューレは黄泉の国に帰った。


 ■ 新桑港砂漠地下臨時駅

 汽笛が鳴ると車両がゆっくりと動き始めた。ホームには静穏レジスタンスと市当局の職員が揃い踏みしている。


「祥子ちゃん」

「祥子様」

「ショウコ君ぅん」

「きゃ~~ショーコさーん♪」


 祥子は性同一性障害者であることがバレたとたん、南怒涛港市の女という女から黄色い声で歓迎された。さながら宝塚女優の握手会である。車窓にプレゼントボックスや花束が投げ入れられる。どこで調達したのだろう。バサッと制服のスカートやぱんつが窓に引っかかった。


「ショーコ、ショーコってボクは女子だよ?」


 顔を赤らめてステディ親子の陰に隠れる。結局、指導者の選出は南怒涛港市民に委ねられた。元市長親子と熱心な支持者は遠く離れた異世界で静かに暮らすという。


「都合のいい時だけ女子に成りなさんな。男らしくない」


 ハーベルトがたしなめると車内にどよめきが広がった。



 常園駅 午前4時44分。

「南怒涛港市駅発、常園駅四時四十四分着の枢軸特急? 蛍絆(けいはん)電車にそんな駅はありませんよ?」


 まだ始発すらも動かぬ時間帯に駅員は眠い目をこすりながら答えた。祥子の叔母と名乗る中年女性は書置きを示して詰め寄る。


「姪の部屋にこれがあったんです。『帰るから心配しないで下さい』って!」

「女の子の家出なら警察に……」


 駅員が電話のダイヤルを回そうとすると改札口から嬌声が聞こえてきた。純白のテニスウェアを纏ったスキンヘッド女とブルマ―姿の鵜翔中学生が追いかけっこしている。


「返しなさいよ~あたしのすか~と!」

「洗って返すから許してよ~」

「も~返して~~朝練に遅れる~~」

 二人の少女はおばの前でドタバタと駆け回った。


 話は十数分前にさかのぼる。


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 祥子は枢軸特急からスッパンポンのツルッパゲのまま河原に放り出された。

 というか、朝日が昇ると枢軸特急は搔き消すように消滅したのだ。祥子を包んでいた旅人の外套も無くなった。


 どうしようかと途方に暮れていたところ、ボストンバッグを見つけた。中にはテニスウェアの上下とクシャクシャに丸めたアンダースコートが入っていた。彼女は罪悪感をおぼえながらも背に腹は代えられないと拝借したのだ。ウェアに袖を通した途端、持ち主に見つかった。


「こらぁ!」

 女生徒は脱ぎかけたスカートを放り投げ、体操服姿で追いかけてきた。

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 駅員に取り押さえられ、祥子は学校に強制送還された。校長と担任にこっぴどくしかられ、五時限目の初めに自己紹介を強いられる。


「というわけで、転入生の藤野祥子だ。まだ怪我がなおっていない。仲良くしてやってくれ。ほら、挨拶」

 ハーベルトによく似ている担任が祥子の背中を押す。


「はじめまして。ふじの……しょうこで「あっ! パンツどろぼー!!」」

 祥子の声にテニス少女の声が重なった。

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