怒涛の国のエリス(4) 戦乙女(バルキリー)と賭博師(ハスラー)
■ 戦乙女(バルキリー)と賭博師(ハスラー)
にわかに風雲急を告げる南怒涛港市。異世界に突如として侵入してきた戦略爆撃機。その正体は何か。
B58 ハスラー。そして、XB70バルキリー。
「砂漠の上空を今、得体の知れない物体が飛び回っています」
うら若い少女兵が息せき切って天幕に飛び込んできた。エリスは机から双眼鏡を取り出して、言われるままに空を仰いだ。最初はレンズにゴミでもついたのかと思って拭うと黒いシミは一旦は消えた。だが、全く予想だにしない方向から遠来に似た唸りが聞こえてくる。あっ、と少女兵が指さす。その位置にさきほどの影がうごめいていた。
「点々と位置を変える飛行物体。市長の新兵器なのか?」
エリスは展示用の資料集を繰った。遥か昔に勃発した内乱では地上部隊同士が戦った。航空兵力はようやく最近になって遠隔操縦機が実用レベルに入ったばかりだ。港町の住民は船と陸以外の乗り物は必要性をあまり感じない。
「超音速戦略爆撃機よ。核爆弾を空から敵地に叩き込むための交通手段よ」
頭上の敵はエリスたちが廃案にした核攻撃をレジスタンスに試みようとしている。しかし、南怒涛港市全体が発するループ波動に煽られて照準に手間取っているようだ。うろこ雲が蚊取り線香のように渦を巻く。
「あれを見て。コンベアB-58ハスラー。あの大きなポッドは燃料タンク兼爆弾槽よ」
ハーベルトが静穏レジスタンスの将校たちに助言する。彼女たちの間から次々と兵器運用上の疑問の声があがった。
「大砲で撃ち込めるものをわざわざ手間ひまかけて空輸する理由がないわ」
砲術長がナンセンスだと大声で否定したあげく、ハーベルトをスパイ扱いし始めた。彼女は臆せず凛とした声で反論した。
「あれらは連合が我々から盗み取った模造品です。崇高なる枢軸を無知蒙昧で愚弄したいのなら好きになさい。今わの際に恥を知るといいわ。行きましょう」
ハーベルトは慄然と席を蹴った。彼女と一緒に枢軸特急でやってきた陸戦兵達も退室する。
「待ってよ。ハーベルト。この人たちを見殺しにするの?」
状況を飲み込めないまま祥子が後を追う。
「良かれと思ってSA-5ガモン地対空ミサイルを運んできてあげたけど、この人たちには豚に真珠のようね」
南怒涛港市は連合・枢軸双方にとって当該異世界における要衝であるらしく激しい綱引きが繰り広げられている、そんな折、旗色が良くない反体制派にハーベルトは梃入れを図っていた。だが、ステディ市長と同じように自己保身に走る人々の傲慢さに呆れ果て、見捨てる決意を固めた。当局は連合の傀儡だ。レジスタンスも同床異夢であるのなら遠からず共倒れするだろう。
「ボクには難しい政治のことはわからない。でも、今日まで一緒に戦ってきた仲間じゃないか! ねぇ、ハーベルト!!」
祥子はハーベルトの太ももにしがみついた。
「離しなさい! 聞き分けのないバカはさっさと滅んでしまえばいいのよ。前を向きなさい」
ハーベルトが振りほどこうとすると祥子が二の腕に嚙みついた。
「そうやって容赦なく切り捨てることが前進だというの? エリスは誰一人殺すことなく平和的解決を図ってる。よっぽど前向きだよ。状況打開しようとする彼女を見殺しにはさせない」
祥子の頑固さにほとほと呆れ果てた。「言い争う暇はない。私は避難民を駅まで誘導しなくちゃ……」
行こうとするハーベルトにエリスが声をかけた。
「待ってください。部下の非礼はお詫びします。それに市民は南怒涛港のない場所では生きていけないでしょう。困難から逃げることで問題が前進するとは思えません」
「撤退中止!」
ハーベルトはしぶしぶ軍事顧問団に地対空ミサイルの再設置を命じる。
「譲歩したわけじゃない。連合と此処の原住民に枢軸の偉大さを知らしめるのよ!」
彼女はレジスタンス達に自分の作戦を伝えた。拠点の真下に砂漠を貫く地下水脈が流れている。枢軸特急はそこに臨時停車している。核爆弾迎撃をしくじった場合は全員が列車で脱出する条件を反体制派に吞ませた。エリスは一時避難を呼びかけるために街へ入った。猛烈なサイクルの嵐が吹き荒れているため、核攻撃の被害は免れるだろう。そのためにレジスタンスは内部への核物質搬入を試みたのだ。
ハーベルトは移動式対空ミサイルの車列を率いて古びた洞窟を下っていった。
■ 新桑港砂漠 階段井戸地区
ときおり、どこからともなく即興演奏が聞こえてくる。澄み切った水の流れが透明な音色を奏でている。
新桑港砂漠には階段井戸がある。雨季に備えて水路や貯水槽、ダムなどの水利施設が整備されてきた。広大な雛壇をざあざあと水が流れ落ちていく。灌漑のところどころに石橋があり、そこに対空車両が分散配置された。部隊の規模は六連装ランチャーを装備した大隊が四個。東西南北に展開している。大きな泉のほとりに連帯本部が設営され、レーダー班がさっそく索敵を始めた。
「マッハ3で飛んでくる飛行機を撃ち落とせるの?」
不安がる祥子にハーベルトは自信たっぷりに答えた。
「枢軸の対空兵器は世界一よ。敵の射撃統制装置はLバンド、つまり、極超短波を用いてるの。水面で電波が弾かれやすいという欠点がある。向こうからみれば井戸や用水路は真っ黒に見える」
「でも、核兵器はあたり一面を吹き飛ばすでしょう」
祥子に反論されてハーベルトは近辺の地図を示した。細長い水路が縦横無尽に入り組んでいる。その範囲は縦横数十キロに及ぶ。
「隠れる場所はいくらでもあるわ。核で一帯をすべて吹き飛ばすなんて自殺行為よ」
牽引式半固定単装式レールランチャーのディーゼル発電機がうなりをあげている。莫大な電力がレーダーに注ぎ込まれ、爆撃機の侵入を一層困難にしている。
敷設工事中の光ファイバー通信機が鳴った。
「えっ? ハーベルト閣下を……ですか? いらっしゃいますが」
女子通信兵がヘッドセットを手渡した。ハーベルトの顔がみるみるうちに蒼白する。
「どうかしたの?」
「祥子。予想外の展開になったわ。市内に核物質が運び込まれている。時間の流れが正常化している。してやられたわ」
ハーベルトは頭を抱えた。向こうにとっては、核攻撃で砂漠と市内のレジスタンスを一掃したあとでサイクルを再開し、復興を加速する腹づもりだ。
「どうするんだよ。ハーベルト。さっさと撃ち落とそうよ。ハーベルト!!」
「これはチキンレースよ。先に撃った方が負ける。敵方にしても焼け野原から街を復興する手間は省きたいでしょう。市民を人質にとって何らかの譲歩を引きずり出そうとしている。核攻撃は最後の手段よ。それに……ステディ市長の命が危ないわ。斥候部隊、市長の身柄を確保して!」
ハーベルトは一計を案じたのか通信機で市内のレジスタンスに時計台庁舎の急襲を依頼した。
「連合はついでにステディを始末するつもりよ。サイクルの再開は市長でなくてもできるもの」
「そんな!」
「祥子、貴女はこれをエリスに届けて」
枢軸特急の乗車券を手渡すハーベルト。「どういうつもり?」、と祥子。
「いがみあっているけど、女親は娘を、娘は女親を頼るものよ。オンナ同士の複雑な心理。男子の心をもつ貴女にはわからないでしょうけど」
ハーベルトは悲しげな眼で祥子を送り出した。彼女の過去に何か親子に関する暗い過去でもあるのだろうか。祥子は入院中の両親を思い出した。ハーベルトはテロで家族を失ったのかもしれない。そう考えるとエリスとステディの関係を是が非でも修復せねばならないと祥子は決意した。
砂漠の拠点から市内まではレジスタンスが掘った秘密の坑道が通じている。案の定、停戦勧告が聞こえてくる。連合に下ればこの上ない自由と繁栄が手に入る。そのような甘言を垂れ流している。
市内は長年の時間加速政策に不満を募らせた住民で溢れかえっていた。烏合の衆だと見くびっているのか連合は彼らの頭上に宣伝ビラを降らせる。
「市長を倒せ」
「いや、連合と交渉させるべきだ」
ステディに反感を持つ市民たちの間でも意見が真っ二つに分かれている。路地裏で銃撃戦が散発し、商店街で車が爆発炎上する。
ごった返す人混みをかき分けて、祥子はようやくエリスを見つけ出した。彼女を抱えたまま背中の翼を広げた。銃口が向けられているが、
「どうしてみんな立ち止まろうとするの? 素晴らしい未来が待ち受けているのに!」
時計台庁舎に到着したエリスは母親から悲嘆と怒号を浴びせられた。
「貴女のやり方は逃げでしかないわ。都合の悪いことは全て過去へ流そう、流そうとしている」
「お前は何もわかっちゃいない。無限の可能性を市民が待ち望んでいる。なぜ、お前は足を引っ張る」
分からず屋のステディに祥子は口を挟んだ。
「連合は市長を見捨てようとしています。時間の流れを滞らせ、核兵器をチラつかせています。伸るか反るか、二つに一つです」
エリスが南怒涛港市を取り巻く状況を説明するとステディはますます意固地になった。
「私を追い出して後釜に座ろうっていう魂胆だろう。見え透いた芝居だ。連合的な生き方に心酔している私をどうして葬れようか。未来は薔薇色なのだ」
「ボクたちの世界でも核ミサイルを向けあって平和を装っていた」
祥子は学校で習った東西冷戦のことを引用した。
「もうじっくりと話し合っている時間はないわ」
いつの間にかハーベルトが傍らに立っていた。彼女は市長に乗車券を突き付け選択を迫った。
「貴女は不老不死を得てマキシンの生まれ変わりを探し求めていた。その独善に市民を巻き込む理由はありません。直ちにやめるか、出ていきなさい」
ステディは吐き捨てるように言い返した。「フン。何でも○○の為、何某の為、全体主義者め。枢軸はいつも個人の自由をないがしろにする」
「ぞんざいなのはアンタじゃん」
祥子が指摘すると市長は言い直した。「成功者だ。経済的勝利者の尊厳だ。人々を牽引する社会的責任がある。権力者のフリーハンドが許されないと政治が回らな……」
ゥウウーッ!!
市長の詭弁を空襲サイレンが打ち消した。「避難計画を前倒しするわ。行きましょう皆さん」 ハーベルトは祥子を連れて退室した。エリスが立ち止まる。
「私はここに残ります」
「エリス。聞き分けのない親と心中することはないわ。貴女はレジスタンスを……」
強引に連れ出そうとするハーベルトを頑なに拒む。
「母は誰ともそりが合わないんです。マキシン以外は。だから私が一緒に」
「爆撃機がすぐそこに来てるんだよ!」
顔を曇らせる祥子にエリスは笑みを返した。「必ず、母を連れて列車に乗ります」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます