第12話 男

 勇者になれなかった男たち。

 タイミングさえ合えば、運さえよければ、フリードさえいなければ、勇者になれていたと言い張る。

 人類と魔族の戦が終わった世界では、もはやそれは確かめようがない。

 ただ、一つ分かっているのは、たとえ彼らが腐ろうと、それでも身に着けた力そのものから図ることはできる。


「リーダー……何を見ている?」

「ん~?」

「堕ちた英雄・サー・カウラミ。そしてその仲間10人と舎弟のチンピラたち。一網打尽にできるチャンスだろう?」


 人通りのない裏通りで行われている魔族と10数人の男たちによる喧嘩。

 建物の屋根の上から男たちは見物していた。


「あの空手使いの坊やはなかなか強いじゃないか。鍛えられているし、センスもいい」

「ああ。だが、戦い方が正直すぎる。一対一の試合ならまだしも、多人数の実践には慣れていない……そう感じる……」

「ええ。色々と惜しい坊やだ」

「ああ……もどかしい。それゆえ、あのクズどもが気に食わない。仮にもかつて勇者を名乗ろうとした者たちでありながら、あんなリンチまがいなことを……見ていて不快だ」


 路地裏での惨状に対して二人の男は不愉快そうに顔を歪めている。

 だが、一方で……



「カカカカカ……頭が固い世間知らずのお坊ちゃん……かと思ったが……いいじゃねえか、あの兄ちゃん」


「「は?」」


 

 一人だけ、機嫌よさそうに笑っていた。






「往生しろ、魔族の小僧め! 王国流武術免許皆伝の我が拳――――」

「魔極真流・炎上掌打ッ!!」


 僕は魔界でも上位の部類に入るA級の力を持っていると母さんは言っていた。

 目の前の男たちの力は一人一人はC級~B級といったところだと思う。

 一対一なら負けない。

 しかし、


「動きを封じてくれよう! 束縛魔法・チェーンジェイル!!」

「はぁああああ! 廻し受け!!」

「我が魔法を素手で弾いて……ですが、両手が塞がりました! 今です!」


 彼らは連携で戦うことに慣れているようだ。

 実に鮮やかな戦法で、僕とのレベル差を埋めて、僕を後手に回してくる。


「こいつは意外と大物な魔族……おい、本当に賞金首にいないのか?」

「ああ、それにこれほどの力を持った賞金首なら有名なはず。知らねえってことは……」

「くそ。どこまで僕たちはついていないんだ。これだけ手間をかけて討ち取っても、一銭の得にもならないとは……」


 強い……だからこそ……歯がゆい!



「おのれぇ、一対一で戦わないとは卑怯な……と言えぬほど見事な連携! この、たわけものども! これほどの力を持ちながらも、どうしてそれを正しいことに使わない!」


「……あ゛?」


「お前たちの力は明らかに訓練され、多くの実戦を経て積み上げられたものだと僕にでも分かる! それをこんなことに使うなど……その性根が許せな――――」


「黙れ、お前のような魔族に何が分かるッ!」



 しかし、僕の言葉では彼らは思い留まることも、考え直すこともせず、むしろ「何が分かる」と怒りをあらわにした。



「戦争が終わり、僕たちがどれだけみじめな生き方をしてきたか分かるか!」


「つぁッ!?」


 

 カウラミの剣が更に荒々しく僕を切り裂く! 憤怒にかられた剛剣。肌が焼けるほど痛い!

 


「幼いころから戦い、己の力を高めることだけしかやってこなかった。言い換えてみれば、僕たちは戦いの中でしか生きることができず、戦争で功績を上げることでしか生活することができない! しかし、大いなる戦で功績を上げようとするも、その戦が勝手に終わってしまった結果、僕たちにできる仕事は何も無くなり、それまで媚び売るようにすり寄ってきた富豪や大臣たちも僕たちを脳筋なただの厄介者のように掌返し! しかし、戦い以外しか学ばずに生きてきた僕たちでは戦のない時代では……カタギの仕事一つできないんだ!」


「ぐわ、あ、がああああ!?」


「ソレは誰の所為だ!? そうだ、あのフリードの所為だ! そして、アッサリとフリードなんぞに敗れた貴様らの王であるオートン! 簡単に降伏した魔王軍! つまり、フリードと貴様ら魔族が全て悪いんだッ!!」



 収まることのない怒り……殺意……嗚呼、僕を殴ったあの男の言う通り、僕の言葉一つで彼らの心は動かないどころか、余計に悪化させてしまっている。

 だけど……


「仮にも今でも勇者を名乗っている男の泣き言を聞かせるんじゃない! 勇者の戦後の就職活動の悩みを聞かされるとは思わなかったぞ!」

「なにぃ?」

「勇者が戦わない世になった……なら、それはそれで結構ではないか! すなわちそれが平和である証拠だ!」

「……は? いや……お前は勇者を学びに地上に来たと……」

「それはそれだ! 僕は勇者になりたいが、何もかつてのような大戦を求めてるわけでも功績が欲しいわけでもない、ただ、希望となれる存在になりたいんだ! それなのにあなたたちは何だ! 平和な世に対してあなたたち自身に一切の希望が無い! そんな、ただ戦いたいだけの者たちが、勇者を名乗ろうなど笑止千万だ!」


 僕は世間知らずだ。

 勇者のことだって全然分からない。

 だけど、これが勇者の成れの果てだということは信じたくない。

 たとえ勇者フリードがどういう存在か分からずとも、少なくとも、父さんが敗れ、認めた男はもっと――――


「ベラベラと……もういい! じわじわと殺してやろうと思ったが、一思いに殺すぞ! いくぞ、みんな! ファイナルフォーメーション―――」

「屈するものか! 戦争が終わったことに嘆いている者たちなんぞに、僕の正義は屈しない!」


 全員連携で僕に向かって、一斉に襲い掛かる勇者たち。

 防げない。

 逃げられない。

 だけど……屈しない!!



「カカカカカカ、助太刀参上ぅううううう!!」


「「「「「「ッッッ!!!???」」」」」」 

 

「……え……あ、あなたは……」


 

 そして、その絶体絶命の中で、あの人は風のように現れて、一斉攻撃を仕掛けようとした勇者戦団と呼ばれる男たちを数人、一斉にふっ飛ばした。


「お、お前は……ッ!? お、お前はッ!!」

「あっ、ボス、こいつですぜ! こいつが無銭飲食野郎の――――」

「な、なんだと!? っ、ば、ばかもの! こ、こいつは……こいつは!」


 あの時の彼だ。その存在にボツタークリイさんが声を荒げると、カウラミや他の男たちも目を大きく見開いて驚愕している。

 なんだ? 

 この男を彼らも知っているのか?

 いや、それに……

 

「ったく、このレベル相手に一人で戦うとか、いい根性してるじゃねえかよ。なぁ? 兄ちゃんよ。その度胸を買って、助太刀するぜい!」


 彼はケラケラと笑いながら、勇者戦団である人間の彼らではなく、魔族である僕を助けようとしている。

 なぜ?


「な、なぜ、人間のあなたが……魔族の僕を……」


 すると、彼は僕のそんな疑問をさらに鼻で笑った。



「はん、魔族がどうした。お前さんは男だ。そして、俺も男だ」


「……え……と」


「男なら、不利な状況だろうと屈することなく立ち向かおうとする根性のある男の味方になるのは当たり前のことだ!」



 当たり前。そう言って屈託なく笑う男の目はギラギラとして、言葉は何よりも強く熱があり、その背中の大きさに僕は一瞬で飲み込まれてしまっていた。


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