第11話 勇者になれなかった男たち

 僕は路地裏でどれだけ眠っていただろう。

 ただ分かるのは、だいぶ時間も経ったと思われるのに、腹に受けた衝撃とダメージが未だに残っている。

 そして何よりも、しばらく身動きが取れない程度に手加減された……そんな印象を受ける。


「この僕が……彼は一体……」


 僕とて自分で自分を未熟者だと思っている。

 母さんやジェノサリアのようなS級には及ばない。

 しかしそれでも、力に自信がなかったわけではない。

 それなのに僕は……


――他人の行いや人生を説教して諭したけりゃ、もうちょい色々とお勉強するこった。じゃなけりゃ、人の心も簡単に動かねえよ


 力で敵わなかっただけでなく、説教までされてしまった。

 なんとなくだが、話は聞こえていた。

 ボツタークリイさんたちのことも……


「僕が……力も足りないだけでなく……勉強不足だと……くそぉ!」


 思わず空に向かって叫んでしまう。

 分かっている。僕自身がまだまだ未熟だということは。

 しかし、だからこそ僕は地上へ出てきたんだ。


「負けるものか……僕は勇者になるのだ! 人類と魔族、その全ての希望たる勇者として――――」


 真の正義。勇者フリードの下で学ぶために……



「おやおや……不届きな客が居るというから来てみれば……魔族のゴミがこんなところにいるじゃないか」


「っ!?」



 気配。誰? 複数。なんだ? 空気を伝わってくる、この魔力や威圧感……?

 端正な顔立ちに、騎士のように重厚な甲冑に身を包んだ男。

 なんだ? ただ……強い……


「あ、こいつは……いや、ボス。こいつは例の客とは違うんすが……なんというか、カモにしようとして……」

「あ! あなたは、ボツタークリイさん!」

 

 良かった。逃げた彼も無事だったんだ……。それにしても、そんな彼がヘコヘコしている男……一体何者? 

 人間としておそらく中年ぐらいと思われるボツタークリイさんよりもだいぶ若いと思われる人間は……


「ボツタークリイさん。無事でよかったです。それよりその人たちは――――」

「黙りたまえ、魔族のゴミめ。僕の前で汚い息を吐いて地上を穢すな」

「っ!?」


 次の瞬間、目の前の男から僕に対する嫌悪? 拒絶? 負の感情の籠った瞳で睨まれて、空気が一瞬で――――


「斬っ!」

「せいっ!」

「っ!?」


 と、僕が正面に気を取られたその僅かな一瞬で、路地裏の上から飛び掛かってくる気配を感じ、僕は咄嗟に上段蹴りで迎撃。

 襲い掛かってきた何者かも、咄嗟に僕の蹴りを二本の剣を交差させて防御……これは……


「な、だ、誰ですか、いきなり! 暗殺者?」

「ほう……我が対魔剣を防ぐとは……」

「なに!?」


 顔をマスクで覆った暗殺者風の男。いま、僕が迎撃しなければ、間違いなく僕の首を……バカな! 問答無用で? なぜ?


「ったく、ゴミは一発で仕留めろっての」

「っ!?」


 また気配! いつの間に背後に? しかも、デカい!

 筋肉粒々。巨大なバトルアックスを携えた巨漢戦士。

 ここまで接近されるまで気づかなかっ――――


「両断してやらぁあ! デビルズバスタあああああ!」

「って、だから、なんで! ぐっ……魔極真流・魔剣黒刃取り!!」

「ぬおっ!? こ、この魔族……」


 咄嗟に、僕の脳天めがけて振り下ろされたバトルアックスを両掌で掴んでいた。

 どこに振り下ろされるのかが分かっていれば、たとえ強力で素早い攻撃すらも掴み取ることはできる。

 しかし、それでも刹那のタイミングが狂えば、この攻撃も僕を両断していた。

 この人たちは……



「ほぅ……ただのゴミ魔族じゃないな……一体……」


「っ、一体何なのかを問いたいのは僕の方です! これはどういうことですか! なぜ、問答無用で僕を襲うのです! 僕はお尋ねものでも何でもないのですよ!」



 信じられない。通りすがりで、まだ名前すらも聞いていない初めて会った人たちが、何の前触れもなく僕を殺そうとしてきた。

 しかも、当たり前のように。

 

「このたわけ者ども! 名を名乗れ、無礼千万な―――」

「黙れ、魔族。地上にはびこる魔族は無条件で悪だ」

「な、……に?」


 悪? 魔族は無条件で悪? な、なぜそんな論法が……


「ふざけるな! 僕は悪ではない! 僕は正義を志すもの!」

「……は?」

「僕は、勇者と正義を学ぶために地上にやってきたのだ! それなのに、魔族は無条件で悪だと? たわけたことをぬかすな! そもそも、魔族と人間は既に和睦―――」

「……正義だと……? 勇者を? 魔族が……」

「そうです、僕は勇者フリードに憧れて―――」

「……ふっ……っ!」


 なんだ、目の前の騎士の男から、膨大な魔力の高ぶりを――――


「たわけはお前だ。滅びよ! デビスレイヤーズッ!!」


 魔力を纏った剣! それを居合抜きのように……回避できない!


「つぁぁあああああああ!!??」


 熱い。斬られた。両断はされなかったが、右薙ぎ! 胴を……薄皮? 内臓は? 繋がっているが……


「ほう……これも咄嗟に後方に飛んで……こいつできるな……カウラミの剣を初見で……」

「拙者らの死角からの攻撃も回避した……名も知らぬ魔族がこれほどやるとはな……」

「ふ、僕としたことが……だが、次は始末する」


 なんだ……この3人は……暗殺者、巨漢戦士、そして騎士。なぜ僕を……それにカウラミ?

 いや、3人だけじゃない。


「カウラミ~、なんだ~、その魔族は」

「おいおい、まだ首を跳ねてないのかい? 鈍ってんじゃないのか?」

「変わってやろうか? 久々に斬りたいと思っていたところだ」


 なんだ! 次から次へと……10人以上の……しかも、それぞれが手練れ!

 魔法使い風の男。

 槍使いと思われる男。

 弓矢を持っている男もいる。

 彼らは……


「あなたたちは一体……」


 僕のその問いに騎士の男は冷たい目で、僕を見下しながら……



「ふ、まあ特別に教えてやろう。僕は、サー・カウラミ。真・勇者戦団の一人」



 そう名乗った彼のことも団? のことも、初めて聞いたものだった。


「勇者……どういうことです? 勇者は勇者フリードのことでは……」


 少なくとも、僕にとって「勇者=フリード」という認識だったから、そういうものがあるなんて知らなかった。

 だが、僕がフリードの名を口にした瞬間、目の前のカウラミという男は更に殺気をむき出しにした表情を僕に向けてきた。



「フリードだと? 無知な魔族め……あんなクズを勇者と認識しているとは……嘆かわしいことだ!」


「え……」


「あんな男は勇者などではない! 奴はただ、ドサクサに紛れて人の手柄を横取りにしただけにすぎない!」



 僕は、このカウラミという男が何を言っているのか全く分からなかった。

 だけど、分かっているのは……



「奴は勇者などではない! かつての聖戦……我ら人類が悪しき魔族どもを根絶やしにするため、叡智と力と志を一つに数百の世界中の勇者たちが結集した勇者戦団! 狂暴凶悪な魔王軍の魔族どもを滅するために集った僕たちこそが人類の希望、英雄として、今頃は讃えられるはずだった! それが、あの男は……あの男は! 僕たちとは何の関係もせず、属すこともせず、戦を始めようとした僕たちの存在を無視して勝手に先駆けし……勝手に魔王を倒して、勝手に英雄に……しかも魔族を根絶やしにもせずに勝手に……ふざけるな!」



 この男は勇者を名乗るも、勇者などではない……この歪んだ……腐った眼は正義とは程遠い。

 それに何よりも……



「大した家の出でもない庶民で、学もない、あんなクズが……本来讃えられるべきだった僕たちを無視して……だいたい、魔王も魔王だ! あんなクズに簡単に討ち取られて、なんと拍子抜けな魔王か!」


「ッ!?」


「弱いのなら、黙って僕らの英雄道の礎になればいいものを……僕らは手柄を立てられなかったばかりに戦後の今もこんなチマチマと小銭を稼―――――」



 こんな奴に、父を……そんな父を討ったフリードをバカにされるなど、僕が許せるわけがなかった。



「ネチネチと何を言っている、このたわけもの!」


「……なに?」



 気づいたら、僕は立ち上がって叫んでいた。



「お前など、勇者などではない! 仮に勇者フリードが居なかったとしても、お前のような小さい男では、正義の欠片も感じぬその魂では、魔王を討ち取ることもできなかったはず!」


「……なん……だと? キサマ……」


「何が勇者戦団だ! 勇者失格のたわけ者どもが、勇者を語るな!」



 そのとき、僕の脳裏にさっきの男の言葉が……



――俺ぁ、自分が正義だとは思わねぇが……お前さんにとっての正しいことってのは、気に食わないやつの話は一切聞かないってことなのかい?



 違う。そして、僕は今、気に食わないと思ってもこの男の言葉は最後まで聞いた。



――他人の行いや人生を説教して諭したけりゃ、もうちょい色々とお勉強するこった。じゃなけりゃ、人の心も簡単に動かねえよ



 その上で僕は判断した。



「だから堂々と僕はお前たちを成敗するッ!!」

 




 

 

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