第10話 一撃
一日に正拳突きを一万本毎日欠かさずにやってきた。
蹴りも。
魔法も。
僕は積み重ねてきた努力に絶対に自信を持っていた……が……その力は母さんに手も足も出なかった。
ジェノサリアにもまだ勝てない。
それは、分かっている。
でもだからって……
「ひゅぅ~、いい蹴りじゃねえか。しかも、顔に似合わず剛拳だ。魔族とはいえ、ちょっとシャレにならねー強さじゃねえか」
褒められている気がしない。
無銭飲食をするような小悪党。そんな男がヘラヘラ飄々としながら、僕の攻撃を軽やかに回避していく。
ありえない……この男は一体……
「な……なんだ、こ、こいつら……一体……」
と、これはまずい。
僕がさっさとこの子悪党を成敗してやるところだったのに、ボツタークリイさんが腰を抜かして怯えている。
このままではさっきのように彼も、彼の同僚たちにも危害が……
「逃げるんです、ボツタークリイさん!」
「……は? お、おいおい、兄ちゃん、何を……」
「この男は僕がここで食い止めます! 正義の名に懸けて! だからあなたは同僚の人たちと逃げるのです!」
「ちょ、おいおいおい、待てぇ! お前さん何か勘違いしているみたいだが、そいつらは―――」
「黙れ、悪党!」
守ってみせる。
「ちっ、よく分かんねえけど……おい、お前ら! いったん引き上げだ! 『サー・カウラミ』に報告だ!」
僕の正義と誇りとこの拳に誓って。
「あ……おいおい、待ちな! 今、テメエら『カウラミ』って言ったな! やっぱこの店はあいつと―――」
「手出しはさせないぞー!」
「って、をーーーい! お前さん、マジで邪魔すんなって! いいか、この店は―――」
「黙れ、悪党め! 悪の言葉に耳など傾けない! ましてや……それほどの力がありながら、それを正しいことに使おうとしない、貴様のような男の言葉など!」
攻撃をここまで軽々と回避され、身にまとう雰囲気や動き一つで伝わってくる。
「は~……ったく」
この男は底が知れない。
そして、明らかに僕よりも強い。
僕の鍛え上げた拳足をまるで一切の恐怖心も抱いていないのだ。
でも、だからこそ僕は……
「俺ぁ、自分が正義だとは思わねぇが……お前さんにとっての正しいことってのは、気に食わないやつの話は一切聞かないってことなのかい?」
「っ!?」
そのとき、これまで飄々と攻撃を回避するだけだった男が足を止め、正面から僕の拳を片手で受け止めた。
掴まれた! そして、なんだ、この男の手は!
「っ、は、離せ!」
引きはがせない! 手の大きさは普通のはずなのに、まるで圧倒的に強大な何かに包まれているかのような……こ、この男、本当に何者だ!?
この底知れなさは……まさか、母さんやジェノサリアクラスの――――
「ま、たしかに俺も言葉じゃなくて拳で語る会話も好きっちゃ好きだが……だいぶ勘違いされたままぶつけられるのは、こっちも御免こうむりてえからな」
蹴りを……いや、だめだ。分かる。僕が蹴りを放とうとしても、この男はその前の僕の拳を……
「おめーさん、見りゃわかる。随分と育ちのよさそうな……ちょいと世間知らずなお坊ちゃんかな?」
「っ! な、なにを! 僕をバカにしているのか!」
「バカにしちゃーいねえよ。どんな家、どんな親の元で育とうと、そいつはそいつ。魔族も人間も胸張って生きりゃいい。でもな……」
そのとき、ヘラヘラ笑っていた男が僕の拳を強く掴んだまま……
「他人の行いや人生を説教して諭したけりゃ、もうちょい色々とお勉強するこった。じゃなけりゃ、人の心も簡単に動かねえよ」
「な、に……」
「それこそ、もっと相手がどういうやつか、何考えている奴かって……な!」
「っっ!!??」
次の瞬間、内臓がごっそり抉り取られるような衝撃!
貫いた? いや、腹はある。
だけど、衝撃がお腹とお腹を……僕の腹筋を貫いて果てまで……なんだ、このボディーブローは!?
絶対に悪に屈するものか……そう誓って世界に飛び出した僕の両膝が簡単に崩れ落ちて……
「あいつらは、嘘っぱちな呼び込みで客を店に連れ込んで、その後は法外な金を要求し、支払いを拒否した客を家族巻き込んでボコって搾り取ろうとする連中さ。まぁ、あいつら自体は小物なんだが……問題は、その裏で糸引いている奴さ」
「がっ、かは……が……」
「その裏にいるのはかつての戦争で、英雄になれなかった英雄候補だった男たち……戦争が終わって、大して手柄も立てられず、腐って、裏の道に走っては不当な行いでクソみたいなことをしてやがる。そいつがこの店と関わってるって情報入手して潜入し、こりゃタダ酒……じゃなかった、うん、正義のために奴らをまとめて潰そうと……と思ったのに全員逃げちまったじゃねえか」
駄目だ……立てない……意識が遠のく……この男の話は聞けるのに……真実に体と心が反応できない……
「……おい……リーダーこれはどういう騒ぎだ? 誰だ、その小僧は」
「ふむ、魔族のようだね……で……堕ちた勇者の、サー・カウラミはどうだったんだい? 例の『真・勇者戦団』の一員らしいけど……リーダー一人でやってくると言うものだから私たちは――」
そのとき、新たな気配……今度は……だ……れ?
「いや~、なんか……すまん。トラブって店の奴らに逃げられた! あっちに逃げたぞ! 追いかけっぞ!」
「「……ヲイ」」
あ……行ってしまう……一体……この人は―――
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