第7話 とんがり山

 夏の初めに魔法使いの弟子になってから三ヶ月。最近では、丘の上の魔法使いの家の周りを、赤とんぼが飛びかうようになっていた。もともと風が強い場所だったが、風の中に、爽やかさを通り越して、冷たさと剣のような鋭さが混じるようになってきた。様々な場面で、秋の深まりが感じられるようになっていた。


 その日は日曜日で、いつもの時刻になっても、師匠は家から出ずに、のんびりとコーヒーを飲んでいた。

 私は、日曜日も平日も関係のない暮らしをしていたが、その日は、少し遠出をすることに決めていた。秋としては暖かい日だったが念の為、厚手の靴下と厚手のコートを着込んだ。そして、自転車に乗り、いつものように丘の上から離陸すると、街の向こう側にそびえる山に向かった。かなり遠くに連なるその山々の頂は、既に雪で白く覆われていた。

 空は青く澄んでいた。ふと、見下ろすと、小さな駅のトタンで出来た屋根があった。その横にはヤマボウシの木が立っていた。フクロウと出会った思い出の場所だ。

 しばらくの間、線路に沿って飛んだ。最初は里山に沿うようにして走っていた線路だったが、やがて、街の中心部へと向きを変え、それを過ぎると、郊外の畑の中を走るようになり、そこからは、まっすぐに山へと向かった。

 やがて、線路は山を避けて、次の街へと向かっていった。私はそこで線路から離れ、そのまま正面にそびえる山へと向かった。

 いつも、寝室の窓から、その山を見ていた。正面に連なる山々の中でも、最も高く、また最も尖っているその山を、私は勝手に「とんがり山」と呼んでいたが、本当の名前はわからなかった。朝日に輝く姿も、夕焼けに染まる姿も、実に美しく、私はいつかあの山の頂に立ちたいと思っていた。そして、昨日の夜、星を見ている時に唐突に思いついたのだった。

「自転車で飛んでいけば、すぐなんじゃないかしら」

家を飛び立ってから二時間。とんがり山はだいぶ近づいていたが、まだまだ先は長そうだった。

 眼下に湖が見えた。湖面には数本の立ち枯れた木が刺さっており、少し不思議な、そう、神秘的な雰囲気につつまれた湖だった。私は興味を惹かれ、高度を落とした。流石に疲れていた。湖畔で休憩を取りたかった。

 その時だ、正面に見えていたとんがり山の中腹の一点が光り、そこから放たれた光線が、自転車もろとも私を包んだ。その瞬間から、自転車はコントロールを失い、湖に向かって落ちていった。ざぶんという音と冷たい水の感触を最後に私の記憶は途絶えた。

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