第50話「レコードホルダー」

「はぁ? え、え、Sランクうううううぅ!?」


 更新された俺のライセンス情報を目の当たりにした受付嬢の悲鳴に似た声が響き渡る。


「Sランクって……冗談だろ……」


 膝をつき俺を見上げる赤アフロ君も驚いている様子だ。

 もう、俺に突っかかって来る事はなさそうなので掴んでいた腕を離す。

 

「Sランクって、世界でも数えるくらいしかいないって……鷹刃君ってどこまですごいんですか……」

「俺もここまで上がっているとは思っていなかったよ。いってもBランク位だと思ってからさ」

 

 それがまさかSランクになっているとは……。


「な、何かの間違いじゃ! こんなパッとしない子がSランクだなんて!」

「間違いではない。そこのカイト様が活動されていたアフリカ支部、南米支部、ギリシャ支部、中国支部全てに問い合わせた結果だ」

「だけど、Fランクが2年でSランクになんて……」

「カイト様はこの2年で4つの迷宮の突破階層記録を更新したレコードホルダーだ。Sランクに相応しい働きだ」

「レコードホルダー……しかも、4つの迷宮の……」


 迷惑の中での特殊な環境によって、初めて挑戦した楔であるエジプトにある【王墓】の攻略は苦労したが、2つ目からはかなり余裕だった。


「ねぇ、アナタ! 私が専属になってあげるわ!」


 受付嬢は、カウンターから身体を乗りだしぱっくり開いている胸元を強調しながら鼻息を荒くして俺に迫る。

 俺達に対しての先程までの失礼な振る舞い忘れたのか、しかも、なってあげるという上から目線。

 どういう頭の構造をしているのか一度覗いて見たいものだ。


「ちょっと、無視しないでよ! この日本支部ナンバー2の私が専属になってあげると言ってんのよ!?」

 

 相手にするのもアホらしいので無視していると受付嬢は、唾を飛ばしながら食らいついてくる。


「黙れ! この日本支部の恥さらしがッ!」


 支部長さんが鬼の形相で受付嬢を怒鳴る。


「ひぃッ」

「お前の処遇は後程通達する! おい、コイツを人目につかない所に放り込んでおけ!」


 支部長さんの叱責で怯んだ受付嬢は、警備員に連れられ建物の奥へと消えていった。


「カイト様、誠に申し訳ございませんでした……あの様な振る舞いをする者だったとは、管理者として見抜けなかった私の落ち度です」


 支部長さんをはじめとするその場にいた職員が深々と頭を下げてくる。


「……謝罪を受け入れます」


 非は先程の受付嬢にあるので支部長さん達に落ち度はないのだがこのままだと埒が明かないため、俺は謝罪を受け入れる。


「もう、頭を上げてください。こっちは俺の友人の登録さえしてくれれば問題ないので」

「はい、畏まりました。風花さん」


 支部長に呼ばれて俺達の前に姿を現した女性。

 先程の受付嬢とは正反対で清楚感漂う美しい女性だ。


「カイト様、こちらは我が調達屋協会日本支部のナンバー1受付嬢であります風花纏です」

「初めましてカイト様。風花と申します。私がお連れ様の登録のご担当をさせていただきます」


 綺麗なお辞儀をする風花さん。


「はい。お願いします」

「では、お連れ様はこちらに。カイト様はーー」

「登録には少しお時間が掛かります。カイト様、私の部屋でお待ち頂くのはいかがでしょうか?」


 支部長さんの提案。

 別に断る事もないので、俺は風花さんに井波さんを預けて支部長さんの部屋へと向かった。



「どうぞお掛け下さい」


 支部長さんに促されソファーに腰を落とす。

 支部長の部屋は全面ガラス張りになっており、【アマテラスの根幹】とその足元に広がる樹海が目に写る。


「絶景ですね」

「はい、私もこの景観が気に入ってます」


 と支部長さんは、笑みを浮かべる。

 支部長さんは、30半ば程の仕事の出来そうなキャリアウーマンといった感じだ。


「改めてまして、調達屋協会日本支部長の風花紬です」

「風花って……」

「纒は、私の妹です」

「そうだったんですね」


 そのタイミングで、出されたお茶を口に含む。


「少し質問よろしいでしょうか?」

「どうぞ」

「ありがとうございます。では、早速。カイト様は、この2年間どうして、ライセンスの更新をされなかったのですか? 特に迷宮内での取得品の換金の際にはライセンスを受付に提示する必要があるのですが……」

「窓口がいつも込んでいて先送りにしていたんです。別に俺は調達屋でもないし、迷宮に潜れさえすればいいので」


 迷宮に潜るには楔の入口でライセンスカードを提示すればいいだけだ。そこからは自己責任のため、ランクが低いからと言って門前払いに遭うことはない。


「カイト様は、調達屋になるおつもりは? 正直Sランクライセンスをお持ちの方を放っておくのは協会としては……」


 Sランクライセンスを持つ人は限られている。

 調達屋協会としては、そんな人材を自分たちの管理下におきたいのだろうが、俺は傭兵だ。


「ごめんなさい。それはできないんです」


 そうですかと残念そうな表情を浮かべるだけで、ちゃんと俺の意思を感じてくれたのか支部長さんはそれ以上の勧誘はしてこなかった。


「では、取得品はどうされたのですか? 深層であればあるほどフィアーは強力になり、それに比例して取得品の価値も上がります。カイト様は4ヵ所の迷宮でそれを成し遂げましたのでそれなりの物を入手されていると思いますが……」


「取得品は後で纏め売ればいいと思って保管の【聖櫃具ツール】へ入れっぱなしです」


 俺はそう言って、デバイスを指先でトントンと叩く。

 本当は収納箱に入っているのだが、希少な収納箱のアークを持っていると言ったら騒がれるかもしれないのでここは聖櫃具に入っている事にする。


「なるほど……カイト様、その聖櫃具に入っている取得品の数々を我々に卸していただく事は可能でしょうか?」

「1日、2日で捌き切れる量ではないと思いますが……俺一人で来ているわけでもないし」

「もちろん、査定時での立会は不要とさせていただきます。こちらで場所を提供いたしますのでそちらに取得品を出していただければ結構です。もちろん、我々を信じていただく事が前提ですが……」


 透明な査定を行うためには基本立会いが必然となるが、何日も付きっきりでそれはできない。


 まぁ、俺に対して不正を働く事もないだろうし、働いたとしても別にお金に困っている訳ではないので任せてもいいだろう。

 

「俺が持っていて腐らせるのも考えものだし、支部長さんに任せます。どこに出せば?」

「ありがとうございます。では、こちらに」

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