第47話「義母としての役目」

 肩ほどまでに伸びている内巻きの白銀色の髪を揺らしながら、その人物は歩いていた。


 世界最強のアークマスターとの呼び声の高い銀の乙女シルバーメイデン鷹刃冴子。


 己の二つ名が由来のトップランク傭兵団である銀の乙女団の団長で海人の義母でもある冴子はデバイスを起動させながらとある場所へと向かっていた。


『うん、終わったよ』

「そう、ちなみに死人は?」

『ゼロだよ。思ったより物分かりがよくて助かったよ』

「そう……でも、カイト。アナタが何者なのか知られたのではなくて?」

『大丈夫。【制約の杭ネイル オブ リミテーション】を打ち込んでおいたから、俺の正体が漏れる事はないと思う。その代わり、鷹刃の名前を持つ俺がホワイトタイガーの縄張りを荒らした事については、早々に白虎ペクホに報告されると思うけど……』


「心配しなくて良いわ。白猫ちゃんにはママの方から言っておくから。ていうか、今、白猫ちゃんの所に向かってるところよ」


『そうなの?』


「えぇ。ちょうど今回の任務が白猫ちゃんの本拠地がある国だったのよ。それに、そろそろ海人の所もカタがつくと思ってたしね。ナイスタイミングよ海人」


『……面倒掛けてごめんね。本当なら当事者である俺が行かないといけないのに』


「なーに言ってんのよ。前にも言ったはずよ? 大人同士のいざこざはこの母に任せなさいって」


『うん、ありがとう。任せるよ団長』


「団長じゃなく、ママでしょ?」


『……それは流石に……義母さんで勘弁して』


「ふふふ。勘弁してあげる。さってと、そろそろ着くから通話切るわね」


『うん、分かった。またね』


「バーイバーイ」


 通話終了ボタンを押す。

 繁華街の中心部にある高さ10階建てのレンガ造りの雑貨ビル。


 ホワイトタイガーの本拠地だ。


 冴子はビルの一階にある、ホワイトタイガーが経営している韓国料理屋【ホランイ食堂】に脚を踏み入れる。


「いらっしゃいま……って、し、銀の乙女シルバーメイデン!?」


 青と赤のエプロンをした女性従業員は、冴子の登場にかなり慌てる。


 それもそのはず。


 韓国料理屋の従業員と言っても、この女性も末端ではあるがれっきとしたホワイトタイガーの一員。つまりのところ傭兵マーシナリである。


 同業者の中で最強と呼び声の高い冴子知らない訳がない。そんな大物がアポ無しでいきなり現れたのだからこの女性従業員の反応はさほど可笑しくはないだろう。


「あんたらのボスに会いに来たわ。案内してくれるかしら?」


「ぼ、ぼ、ボスに確認してきます!」


「えぇ、お願いするわ」


 コクりと頷く女性従業員は、慌てて店内の奥へと消えていく。


 店内のテーブルは半分以上空いており、傭兵と思わしき者達が昼間っから緑の瓶を片手に盛り上がっていたのだが、冴子の登場により殆どの客の視線が冴子に集まる。

 

「おい、良い女じゃねーか」

「バカ、お前! あれが誰か分かってねぇのか! あの有名な銀の乙女シルバーメイデンだぞ!」

「うぉ、まじかよ!?」

「目合せんな、殺されるぞ」

「お、おう」


 目合わせただけでは殺さないわよと苦笑いを浮かべていると先程の女性従業員が戻ってくる。


「ボスがお会いになるそうです! こちらへどうぞ」

「ありがとう」


 店内の奥に進むと個室があり、その襖には虎の水墨画が描かれている。


「ボス、お連れしました」


「……入れ」


 入室の許可を得た女性従業員は襖を開け「どうぞお入り下さい」と冴子に入室を促す。


「ありがとう」


 個室の中には6人掛けのテーブルがいくつもあり、宴会でもしていたのかそれを埋めるかのような人数がいた。


 そして、室内の一番奥。上座と言われる場所に座って冴子を睨んでいる坊主頭の巨漢。虎の革で仕立てたであろうベストの内側には鍛え抜かれた鋼の様な肉体を持つこの男こそが、配下数千人を纏めるホワイトタイガーの団長白虎ペクホである。


「久しいわね、白猫ちゃん」


 冴子の白虎に対して揶揄する呼び方に室内にいる強面集団が一斉に立ち上がり、一触即発の雰囲気になのだが白虎が「やめろ」と制すと一拍おいて各々席に腰を下ろす。


「ちっ、立ってないで座ったらどうなんだ?」

「そんなに長居はするつもりはないの。このままで結構よ」


「勝手にしろ。それで、アンタが直接乗り込んでくるとはあの話は本当らしいな」 


 白虎は、ミズ・リンダからの報告について半信半疑だったのだが、この場所に当事者である海人の義母である冴子が登場した事により部下からの報告の信憑性が増してきたのか苦虫を噛み潰したような表情に変わっていく。


「日本でうちの子がお世話になったらしいわね」

「お世話? ふざけているのか? こっちのメシの種を潰しやがって何がお世話だ!」


 声を荒げる白虎は、テーブルの上に置いある竃に入った酒をゴクゴクと飲み干し、一度深く息を吐く。


「あら、良い飲みっぷりだこと」

「チッ、それでどう落とし前つけるつもりだ?」

「アタシが直接謝罪に来たわ」

「はぁ? 謝罪だと?」

「そう、うちの子が迷惑掛けた事に対しての謝罪よ。ごめんなさい」

「まさか、それだけで済まそうとしているのか?」

「このアタシが、わざわざ出向いて謝罪しているのよ? このアタシが」

「こっちが幾ら損しているのか分かってるのか!? 謝罪だけで済むと思っているのかッ!」

「思ってるけど?」


 日本支部の売上の約半分を失ったのに対して謝罪だけで済まそうとしている冴子に対して白虎の怒りゲージはマックスに達していた。


「そもそも、そんなに大事な仕事だったなら、うちの子に負けちゃダメでしょ? アタシらは力が物を言う傭兵よ?」


「ぐっ……」


「まぁ、高校生相手にそっちの日本支部が壊滅状態に追い込まれた事は黙っておいてあげるわ。サービスよ」


 冴子の言うとおり傭兵は力が物を言う。


 いくら支部だからと言って高校生一人に潰された事が露見してしまったら、ホワイトタイガー全体の評判に関わるという事は言わなくても白虎は理解している。


 それでも怒りを収める事の出来ない白虎。


「戦争になるぞ?」

「あら? 銀の乙女団うちとやる気?」

「そうだッ、そうなったらアンタも困るだろうよ。今回の件は大目に見てやる。だから、アンタの息子にーー」

「別に困らないわ」

「なんだと?」

「困らないって言っているのよ」

「本気で言っているのか? トップランク傭兵団同士の戦争だぞ?」


 室内がざわめき始める。


「そもそも戦争になったところでうちに勝てると思っているのかしら?」

「ーーッ!?」

「ていうか、この場で始めちゃってもいいのよ?」


 そう言って殺気を放つ冴子。


 冴子の殺気に当てられ、力なき者達はバタりバタりとその場で気を失い倒れていく。


「ぐっ……」


 冴子のプレッシャーで白虎ですらマトモに息ができない程だ。これほどまでに力の差があるのかと白虎は、痛感する。


「あらあら、苦しそうね白猫ちゃん。アタシとしては、このままあんたの首を落としても良いのだけれど? そうすれば戦争も終わりよね?」


 冴子の右手がゆっくりと白虎の首へと向かっていく。


「せ、戦争は無しだ」


 白虎は折れるしかなかった。

 そんな白虎の反応を見て冴子は手を引っ込める。


「じゃあ、謝罪を受け入れてくれる?」

「……うけ、入れる」


 冴子から放たれていた殺気が散り散りになる。


 はぁはぁと苦しそうに呼吸する白虎の表情は、先程と比べたら随分とよくなっていた。


「良かったわ。今回の件は団は関係のない事だから、戦争になったらアタシ一人でアナタ達を皆殺しにしないといけなかったから。面倒でしょ?」


 一人で数千となる自分達を相手にしようと考えていた冴子に対して白虎は畏れを抱く。


 そして、自然と口から出た言葉はーー。


「化け物め……」


「褒め言葉として受けとるわ。さて、あんまり長居するのも悪いし、アタシ帰るわね~また、何処かで会いましょう」


「アンタの顔なんか二度と見たくねぇ」


 ーー冴子が部屋を出て行った後


「くそがあああああッ! 舐めやがってええええ!」


 白虎は、荒れていた。


 テーブルは粉々砕かれ、壁の至るところが穴だらけになっている。


「ぜってえええ許さねえええ!」


 でも、自分達の力であの化け物をどうこう出来るとは思えない。それが余計に白虎を苛つかせる要因でもあった。


「そうだ、あの人だ。あの人に協力を仰ごう……確かあの人もあの女をよく思ってないはずだ。ぐっはは、覚悟するんだな鷹刃冴子」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る