第40話 「翌朝」
井波さんの妹である夏菜さんを救出した翌朝。
いつもの様にスミが用意してくれる朝食を堪能した後、双子の義妹と共に学校へと向かう。
義父さんは今朝も泊まり込みの仕事で家にはいなかった。
昨晩、電話越しでは元気そう振舞っていたのだが……体を壊さないか心配だ。
フォースステーションについた俺は、友達と待ち合わせしていると言ってスミとルミと別れた。
余計な心配をかけさせたくないので昨晩の出来事について二人には話していない。
二人の後ろ姿が見えなくなったのを確認したのち、念のために気配遮断のアークを駆使して井波さん達が宿泊しているホテルへと向かう。
ホテルの1階に併設されているコンビニ寄ってから井波さん達が泊っている部屋へ向かうべくエレベーターに乗り込む。
部屋番号は【1007】。このホテルの10階だ。
夏菜さんはもう【常世の楽園】の総本山にはいない。
その事については【常世の楽園】のトップである井波さんの叔父、アダムには既に伝わっているはずだ。
【常世の楽園】の核とも言える【ラッキーホルダー】は、井波さんのアーク【
そして、井波さんが嫌々ながらも【糧】をアダムに提供していたのは妹である夏菜さんを人質に取られていたからであり、夏菜さんを救出した今、井波さんがアダムに協力する必要はなくなった。
もう【糧】が手に入らないとなれば【ラッキーホルダー】を量産することはできない。
まがい物を作って提供する事は可能だし、こういったものは信じた人の負けであるため【常世の楽園】に所属している会員はうまく騙す事は可能かもしれないが……下手に効力が高かった分偽物とバレるのも時間の問題だ。
そして、そんな効果も何もない偽物で新規会員を得る事は難しいだろう。
恐らく、自分の飯の種を失ったアダムは、血眼で井波さんと夏菜さんを探しているに違いない。
【1007】号室の前に立ち、デバイスで井波さんにメッセージを送る。
いつアダムの関係者が来るかわからない状況なので、誰が来ても絶対にドアを開けないように釘をさしている。
メッセージを送ってすぐにガチャっと部屋のドアが開いた。
「おはようございます。鷹刃君」
「おはよう井波さん。入ってもいいかな?」
「は、はい。どうぞ」
「お邪魔します」
井波さんから入室の許可が下りたので、部屋へ入っていく。
そして、入り口から寝室へと繋がっている通路を井波さんに付いていく形で進んでいく。
「妹さんはどう?」
「昨夜、鷹刃君が帰った後に一度目を覚ましました。栄養補助ゼリーを半分ほど取ってから眠って、まだ起きていません」
何年も眠っていたんだ、そんなにすぐ普通の生活ができるはずもないだろう。
当分は、最低限の生活を送れるように栄養を取りつつ身体の内側から鍛えていかないといけない。
「妹さんと話、できた?」
「少しだけです。その、私ずっと泣いてしまって……」
と笑顔で答える井波さんの目尻はほんのりと赤く染まっていた。
嬉し涙なんだから問題はないだろう。
「……はる、ちゃん……」
寝室に足を踏み入れるや否やのタイミングで、井波さんとは違う少女の声が聞こえてくる。
その声はひどく弱々しく、今にも消えてしまいそうな灯の様だった。
虚ろな目でこちらを見ている井波さんと似た顔の少女、夏菜さんだ。
夏菜さんは身体を揺らしながら起き上がろうとするのだが、その様子だと一人で上手く起き上がれないのだろう。
「起き上がりたいの? 待って、お姉ちゃんが手伝うから」
夏菜さんの背中に手を当て、ゆっくりと身体を起こしてから夏菜さんの背中とベッドの上部の間に挟むかの様に枕を立てる。
「ありがと、はるちゃん……その、人だれ?」
「初めまして。井波さんのクラスメートの鷹刃海人って言います」
「……春ちゃんの、かれしさん?」
「ちょ、ちょっと、夏菜、へ、へ、変な事言わないでよ! 鷹刃君は、そんなんじゃないから。鷹刃君は、夏菜の事を助けてくれた恩人なの! 鷹刃君が私なんか……とにかく、あんまり失礼な事を言っちゃダメッ」
「いや、別に失礼とかではないけど」
なんでこんなに慌てる必要があるんだ? よくわからない。
「……ふふ、そういうことに、してあげる」
「もう! 夏菜ったら!」
「そうか……ナツをあそこから連れ出してくれたんだね……ありがとう」
「どういたしまして。それよりもお腹すいてない? 一応、食べれそうな物買ってきたんだ」
俺は、先ほどコンビニから調達してきた物を夏菜さんの前に並べる。
と言っても、夏菜さんの分は全て流動食に近い物だけど。
「何から何まで……本当にありがとうございます」
「いえいえ、乗り掛かった舟だし。最後まで手伝わせてよ。はい、井波さんの分」
サンドイッチと野菜ジュースを手渡すとそれを受け取った井波さんは深々と頭を下げる。
少し話を続けると驚くべき事実を耳にする。
それは夏菜さんが両親を事故で亡くした事や自分が置かれていた状況をすべて理解していた。
事故の後、確かに夏菜さんは昏睡状態に陥ていたが一度目を覚ましたらしい。
その時、駆けつけてきた叔父から両親が事故で亡くなった事やこれから自分をどうするかなどを赤裸々に語られた挙句に病院から連れ出されてアークによって眠らされたという。
恐らくアダムから夏菜さんを本島に移したと聞かされた3年前の事だろう。
「ごめんね、はるちゃん。ナツのせいで……」
「謝らないで夏菜は悪くないから」
「……でも……」
「そんな顔しないで! ほら、せっかく鷹刃君が買ってきてくれたんだから、ご飯食べよう!」
「うん……」
俺が買ってきた流動食を半分ほど食べた夏菜さんは再び布団の中に潜り込んだ。
スヤスヤと寝息を立てる夏菜さんを愛おしいそうに眺めている井波さんに「これからの事なんだけど」と切り出す。
「恐らく君達の叔父さんは、血眼になって君達を探していると思う」
「そうですね。叔父はいつも、【常世の楽園】を日本一の宗教法人にするって鼻息を荒くしていました。【ラッキーホルダー】という主力品がなければ叔父の夢も潰えます」
俺は井波さんの言葉にこくりと頷く。
「息苦しいとは思うけど、夏菜さんの容態もあるし君達の叔父さんと決着がつくまではしばらくこの部屋から出ないでほしい」
「……多分、私が何を言っても無駄ですよね?」
「うん、俺のやる事はもう決まっているからね」
「……分かりました。でも、危ない事だけは絶対にしないでくださいね? 私達のために鷹刃君が傷つくのは嫌です」
「大丈夫。俺、すごく強いから」
「ふふふ、分かりました。鷹刃君、最後までよろしくお願いします!」
「うん、任せて。2日以内に決着をつけるよ」
井波さんにそう誓い、
俺はホテルを後にして学校に向かった。
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