第38話 「井波春風の回想」
目の前でスヤスヤと寝息を立てている妹の夏菜。
そんな、夏菜の手を握りじっとその寝顔を見つめています。
事故で両親を亡くし、一命を取り留めた夏菜とも離ればなれになってからはや5年……。
「眠っていても身体は成長するんだね」
いつもモニター越しに映っていた夏菜の姿では、夏菜の成長の度合いが分かりませんでした。
でも、こうして目の前にすると5年前より明らかに成長している妹がいます。
髪の毛は定期的に切ってもらっているようで昔と変わらないショートボブのままでした。
「本当に……良かった……」
今はただ、その言葉しか思い浮かびません。
ふと横に視線を移します。
先程まで鷹刃君が座っていたソファーが目に映ります。
現状、この部屋には私と夏菜の二人っきりです。
鷹刃君は、もう帰宅しています。
「本当に鷹刃君には……」
一生かけても返し切れない恩が出来ました。
鷹刃君は、本当に凄い人です。
いきなり現れて、ずっと私が苦しんでいた問題をあっさり解決してくれました。
初めて彼に会ったのは、鷹刃君が私のクラスに転入する前日、学校の近くにある公園でした。
普段であれば他人に迷惑が掛かるため、私は休みの日は家から一歩もでません。でも、何故かあの日だけは気晴らしをしたいと思いました。
私が選んだのが学校の周辺でした。
他の地区に比べて休日の第4区は、メインである学生がほとんど居ないため人の出が少ないのです。
私のアークの影響を考えての選択でした。
そして、極力人が密集している建物には入らず、外を散歩して辿り着いたのがあの公園でした。
公園に足を踏み入れ、ベンチに腰掛けようとしたその時、無造作に置かれている段ボール箱が視野に映り込みました。
何か嫌な予感がして段ボール箱を開けるとそこには手乗りサイズ程しかない子猫が小刻みに震えながら弱々しく鳴き声を上げていました。
これがウミちゃんとの初対面です。
私は驚きと共に咄嗟にウミちゃんが入っていた段ボールから距離を取りました。
私の【
そして、今はその力を高めるブースターを付けていました。
ウミちゃんの運を吸い込む事が恐かったのです。
タダでさえ人の手によって捨てられたウミちゃんに更なる不幸を与えたくなかったのです。
本来なら段ボールの箱を閉めてすぐにでもこの場所から立ち去る事が正解だと思うのですが、ウミちゃんが私と関わったことで良い事があったと思えるような何かをしてあげたくなり、急いで近くにあるコンビニに駆け込みました。
ただの自己満足かもしれませんが、それでも……。
そう思いながら子猫用の粉ミルクと少し深めの紙皿を購入しました。
それから、自前のタンブラーの中に入っていた飲料水をある程度まで捨ててコンビニに設置してあるポットからお湯を入れて良く混ざる様に振りながらウミちゃんの下へと戻りました。
栄養が足りていない事もあると思いますが、ウミちゃんの大きさを見る限り生まれてひと月も経っていないと勝手に推測し、哺乳瓶ではなく紙皿から上手くミルクが飲めるのか不安に思いつつミルクを段ボール箱にそっと置き距離を取りました。
するとウミちゃんはチロチロとぎこちない様子でミルクを舐めてくれました。
良かったと胸を撫でおろしていると突き刺さるような視線を感じました。視線のする方へ振り向くと先程私が座ろうとしていたベンチに私と同じ年頃の男の子が座っていました。そうです、鷹刃君です。
鷹刃君から逃げる様に公園から出ている私に鷹刃君は名前を聞いてきました。
本来なら無視しても良かったのですが、先に名乗られてしまいそれを無下にする事も出来ず、自分の名前を告げて逃げる様にその場から去りました。
後から凄く後悔しました。
馬鹿正直に見ず知らずの人に自分の名前を教えてしまった事にです。
それでも、二度と会う事はないと自分を慰める私の前に鷹刃君は再び現れました。
しかも、隣の席って!
鷹刃君とは極力顔を合わせないようにして休み時間はいつもの通り人気のない場所で過ごしました。
そして、お昼休み。
いつもの場所でお弁当を食べた後、午後の授業開始までの暇つぶしに本読んでいる私の前に鷹刃君は再び現れました。
鷹刃君はなぜか叔父の力で改ざんされているため知れ渡っていない私のアークやブースターの事を知っていました。
そんな鷹刃君の事を警戒していると“凄く奇麗でついつい見蕩れてしまったんだ”とか“何か困ってる事があるなら俺が解決してあげたいんだ”とか……ストーカーじみた発言に恐怖を覚えた私は、逃げる様にその場から去り、それ以降、鷹刃君とは目も合わせようとしませんでした。
そんな最悪な再会から数日後、鷹刃君は圧倒的な力で怖い人達から私を守ってくれて、瀕死のウミちゃんを助けてくれました。その時感じたのです。
鷹刃君は、私を害する人じゃないと。
それから、ブースターを壊されたり、ペットショップに行ったり、一緒にお昼ご飯を食べたり……。一人になってから初めて楽しいと思える時間を過ごせました。
そして、今、私の目の前には夏菜がいる。
「私が鷹刃君にしてあげられるのはなんだろう……」
と考え込んでいると――
「……は、るちゃん?」
「……ッ……な、なつ、な」
5年ぶりに耳にする妹の声に止めどなく涙が溢れてきます。
「な、んで、ないて、いるの? あ、れ? はる、ちゃん、なんかおっきぃ……」
そう思われるのも仕方ありません。
夏菜の記憶にいる私はまだ小学生なのですから。
「よがったぁああ、よがったぁあよおおお」
「い、たいよ、はるちゃん」
子供の様になきじゃくりました。
か細い夏菜の身体を、壊れないように包みながら。
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