第37話 「アダムの焦燥」
――海人が井波夏菜を救出してから数時間後。
「皆様、本日はお集まりいただき――」
都内の某5つ星ホテルのコンベンションホールにて、伝道師アダムこと金城孝哉の主催で自信がトップを務める【常世の楽園】の後援会のパーティーが開催されていた。
今は、この日本という島国の中でもある程度の地位にいる【常世の楽園】の後援会とあって政治家や大企業の役員、芸能人やスポーツ選手などなど各界の著名人が集まっており、その錚々たる顔ぶれを壇上から見下ろしている孝哉は悦に浸っていた。
(ついに、ついに私はここまできた……くっくっく。【常世の楽園】のトップとしてここ数年、ありとあらゆる種まきを終えた。後は、実が成るのを待つだけだ。姉貴もいい置き土産を残してくれた。夏菜が手中にある以上、春風はこの私に逆らう事は出来ない。この間渡したブースターは、私の研究に研究を重ねて開発した最高傑作。春風のアーク【
「さて、そろそろ営業活動に赴くとするか」
後援会の一人一人と挨拶を交わしていると秘書の一人である切山が血相変えて近づいて来る。
「アダム様ッ!」
「何ですか騒々しい、お客様に失礼でしょうに」
「早急にお伝えしないといけない事が!」
「まったく。黄龍院様、大変申し訳ございません。少々席を外させて頂きます」
孝哉は、新規後援会のメンバーとなった某総合商社の役員との話を切り上げ、会場の端っこへと移動する。
「一体なんだ! 今がどれだけ大事な時なのかお前もわかっているだろうがッ!」
営業の邪魔をされた事で孝哉は、切山に怒りをぶつける。
「お叱りは後でいくらでも受けますから! ともかく聞いて下さい!」
「ちッ、話せ」
「……Nを奪われました」
「……はぁ?」
まったく予想だにしなかった内容に孝哉の口から阿呆になったような声が漏れる。
「先程、黒田の部下から連絡があり、Hと共に現れた何者かによって黒田が倒されそのままNを連れ去ったそうです」
どうやら黒田を倒したのが海人だとは判明されていないようだ。
「な、な、なんだとおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
後援会のパーティー会場の隅から隅へと響き渡る孝哉の悲鳴に似た叫び声に全ての視線が会場の端っこに集まる。
そんな突き刺す視線に孝哉はハッとし、何でもないアピールをしながら切山を伴い会場の外へと出る。
「くそッ! 何やってんだ黒田はッ! 奴らにいくら積んでると思ってるんだ!」
トップ傭兵団であるホワイトタイガーの参加である白虎会には、護衛料として毎月かなりの金額を渡している。
ホワイトタイガーの日本支部の稼ぎの約半分に届く程の額だ。
「あの黒田が手も足もでなかったそうです」
「バカな……黒田は赤なんだぞ? それが……手も足もでなかっただと? 一体春風は何を連れてきたんだ……」
孝哉は、黒田の強さを知っている。
だから、第二秘書兼護衛としておいているのだ。
そんな黒田が手も足も出なかったとなるとかなりの使い手だと考えるのが普通だ。
(だが、私にはあのホワイトタイガーがついている。いくら、やり手でもトップ傭兵団には敵わないだろう。今は、夏菜を取り戻すのが先決だ。夏菜さえ手に入れば春風なんてどうにでもなる)
「ホワイトタイガーはもちろん、島にいる全会員に告げろ」
「なんと告げれば」
「どんな手を使っても夏菜をさがしだせッ!」
「承知いたしました!」
切山はスマホを取り出し駆け足でその場を離れる。
そんな切山の背中に孝哉は苦虫を噛み潰したようなそんな表情向ける。
「くそッ! やってくれたな春風ッ」
孝哉は、腸が煮えくり返る程の怒りで支配され、
まるで狐に憑りつかれたかの様な悍ましい顔になっていた。
「アダム様どうかなされましたか?」
「何か問題でも?」
そんな矢先、数名の後援会のメンバーが心配そうな表情を浮かべて廊下に出てくる。
孝哉は、すぐさまいつもの表情に戻る。
「いえいえ、皆様が心配されるような事はなにもございません」
「そうですか、良かった」
「さぁ、一緒に戻りましょう」
孝哉はメンバーの背中にそっと手を置いて一緒に会場へ戻る。
(まぁ、いい。私には何万もの信者がいるんだ。それにホワイトタイガーの情報網もある。それにしても、春風に対する罰を考えないとな。二度とこの私に逆らえない程に厳しい罰を……)
歪みそうになる顔を必死に保ちつつ、孝哉の営業活動は続いた。
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