第30話「化け物だ、正真正銘のな」

「なに? 遠野が?」


 急ぎの案件と言うことで仕事終わりの一杯を楽しんでいた白虎会会長である相川虎徹の下に姿を現したダークグレイのパンツスーツを纏った清潔感漂うクール系美女。

 相川の秘書である三島里英である。

 そして、相川は三島から耳を疑うような報告を聞かされる。

 白虎会への入門が内定している遠野謙二が何者かにやられたという事だった。

 白虎会を立ち上げてはや数年。

 バックのお陰もあってか順調に勢力を拡大しており、第7区でもかなり幅を利かせる様になっていた。

 そんな新進気鋭の白虎会の会長の立場として普段であれば下っ端などいちいち気には留めないのだが、遠野は有用な上級アークマスター。

 幹部候補とまで考えていた程で直接盃も交わす予定だ。


「はい、会長。全身の骨という骨が砕けた上に筋まで切れて全治6ヵ月だそうです。担当医から生きているのが不思議なくらいだと言われたそうです」

「遠野の手下共はどうした」

「遠野のアーク【招集コーリング】による副作用で殆どが起き上がれない状況だと言われています」

「【招集】の副作用だと? ということは、遠野は謙三だけじゃなくて他の手下の能力を取り込んだにも関わらずにやられたという事か!?」


 幹部候補とまで考えていたくらいだ。

 そんな遠野の能力アークを知っている相川ならではのリアクションだろう。


「はい、その場にいた約50人の手下の能力を取り込んだそうです」

「50人だと? 馬鹿野郎が……」


 言葉を続けず相川は、グラスに入っている琥珀色の液体を一気に飲み干し、ダン!と乱暴にグラスをテーブルに叩きつける様に置く。

 これから自分と盃を交わそうという遠野のあまりにも考え無しの行動に込み上げてくる怒りを堪える相川。

 遠野に怒りをぶつけるのはいつでも出来る、それよりも遠野を病院送りにした相手の対処が先だという事を相川は理解している。


「どこのチームだ? いや、どこの組織と言った方がいいのか?」


 正直、そこら辺の不良集団では遠野が率いる刃威餌亡をどうにかする事はできないだろうと思った相川は、相手はプロだと勝手に考えを正す。


「RFXです」

「RFX? RFXってあのリア充集団の事を言っているのか?」

「はい、ご認識通りのRFXで間違いございません。ただ、正確には、たった一人の第三高校の生徒にやられたと言っています」

「第三高校? それもたった一人だと? どういう事だ?」


 三島は相川の疑問に答えるべく、刃威餌亡のメンバーから入手した情報を報告する。

 ――RFXの溜まり場を襲撃しRFXのリーダーとその恋人を拉致し痛めつけていたところ第三高校の少年が現れた。

 ――その少年に対して全然歯が立たず一方的にやられた事。


 三島の報告を聞いた相川は再び自分の耳を疑う。


 それもそのはず、遠野の手下はほとんどが中級アークマスターで、謙三もいる。

 謙三は戦闘力をだけで見れば上級に近いのだ。

 それに付け加えて遠野の【狂戦士化ベルセルク】だ。

 たかが不良集団であっても遠野の【狂戦士化】によって下級傭兵団のそれに匹敵する。


(それをたった一人のサンコーの生徒に負けた?)


「何者だ、そいつは」

「数日前にこの島にきた新参者のためあまり情報はないですが、名前だけでもかなり有益な情報だといえるかと」

「なんて名前なんだそいつは」

「鷹刃海人です」

「鷹刃……だと?」

「えぇ、あの【銀の乙女シルバーメイデン】鷹刃冴子の養子という話です」 

「なッ!?」

「【銀の乙女】は僅か団員十人そこらだが、団員一人一人が一騎当千の猛者である言わずと知れた世界屈指の傭兵団です」

「そんな事は知っている。あっちホワイトタイガーにいた頃、姐さんからは絶対に自分から関わるなって釘を刺されていたからな。それにしても銀の乙女の養子だと……」

「どうされますか?」

「どうもこうもねぇ。裏が取れるまではこっちから手を出すな」


(その鷹刃海人というやつのバックに【銀の乙女】がついているなら俺らでどうにかできる問題じゃねぇ)


「よりによって【銀の乙女】の名前が出てくるとは……」


 ふぅと深い溜息をつく相川が空いたグラスを持ち上げるとすかさずグラスが琥珀色で満たされる。


「噂でしか聞いた事がないのですがそんなにヤバい人達なんですか?」

「ヤバいってもんじゃねぇ。団員一人一人が上級傭兵団の団長クラスだ。俺なんて秒も持たないだろうな」

「ご謙遜を……」

「謙遜じゃねぇ、事実だ。特に【双刃ブラックマンティス】、やつとは絶対出くわしたくないな」

「【双刃】……ですか?」

「あぁ、魔力を流すことで黒く変色する奴のツインダガーがその二つ名の由来だ。一般人にはあまり知られてないが傭兵仲間の間では奴が【銀の乙女】のエースと言われている」

「あの【銀の乙女】のエースですか……どんな人物なのですか?」

「化け物だ、正真正銘のな」


 その言葉を口にした相川は身震いする自分の身体を抑え込むかの様に一気にグラスを傾けた。

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