第28話「司令官」

「お、おい! カイトYO!」


 マコが何か言いたそうだが、それに反応する事無く敵陣の真ん中を通りすぎる。


「お、おい、てめぇら何を黙ってみてるんだ! その餓鬼を痛めつけろッ!」

 

 遠野の叱咤により手下達が襲い掛かろうとするのだが、


「少し待ってくれないかな。後でゆっくり相手になるからさ」

「あれ? 何だこれ!?」「どうなってんだ!? 足が、震えて」「動かねぇよ!」


 淡々とした口調で威圧の籠った言葉を放つと遠野の手下達は足の裏が地面にくっついているかの様に一歩が踏み出せずに動けずにいる。

 

「てめら、何やってんだ! 何でも誰も動こうとしねぇ!


 再び遠野の叱咤が飛ぶが、誰一人自分の置かれた現状を説明できる者がおらず遠野の苛立ちは蓄積していくばかりだ。


「ちっ、使えねぇな。まぁ、使えねぇなら使える様にすればいいか」


 遠野は含みのある言葉を吐くのだが、遠野が発動したアークを見てそういう事かと納得する。

 遠野は、【司令官コマンダー】という上級アークマスターだ。

司令官コマンダー】は、大きく分けて二つの力を持つ。

 その中でもっともやっかいなアークがちょうど今、遠野が現在進行形で発動させている【狂戦士化ベルセルク】だ。

狂戦士化ベルセルク】は、自分の配下全員の身体能力やアークの効果向上の恩恵を与えられる代わりに狂戦士と化した者達は自我を持つ事なく、あるとするならば【司令官コマンダー】が敵と認識した者に対してその効力が切れるまで攻撃し続けるというものだ。


 ――戦場では結構厄介なアークなんだけど。


「ぐがっ!」「うえっ!」「いっぎゃあ!」


 所詮は街の不良。

 能力が上がったとしても雑魚には変わらない。


「ば、馬鹿な……やつらの強さは通常時の2倍なんだぞ……」 


 成す術も糸の切れた人形の様に俺に沈められている手下達を目で追いながら、遠野はありえない、ありえないと何度も繰り返し口にする。

 

「ちっ、おい謙三! 文乃は後回しだ! そのガキをぶっ殺せ!」

「にぃちゃん……」


 俺のすぐ目の前にいる謙三は警戒しているのかいつの間にかフミさんから手を放しいつでも俺に殴り掛かれるように構えている。


 へぇ、謙三は自我を保てるんだ。

 一応【狂戦士化ベルセルク】の恩恵は謙三にも適用されているのだが、他の手下達とは違い自我を保っている。

 すなわちそれは、謙三が遠野よりも力があるという事。

 だから、余計に惜しい。


「やれっ! 謙三!」

「で、でも」

「でもじゃあねぇえ! 言う通りにしなかったら、“お仕置き”だからな!」

「お仕置き、いやだ、いやだあああああああ!」


 謙三が襲い掛かってくる。

 気が狂ったかの様に取り乱している謙三は、ゴツゴツとした岩の様な拳を振り回してくる。

 大振りの、技術もへったくれもないやけを起こした子供の様なそれが空を斬る度に、まるで強打者がバッドを振るかの様にブォーン、ブォーンと豪音を出して俺に迫ってくる。


 謙三は、グレンの【超剛力ハイパーマッスル】の下位アークである【剛力マッスル】のアークマスターだ。

 恵まれた謙三の体躯とは相性抜群のアークだと言えるだろう。まさに、鬼に金棒だ。

 そして、今は遠野の能力で能力が向上しているので中級傭兵ミドルクラスとしても十分通用するだろう。

 

 でも、あくまで中級傭兵止まり。

 あいにく俺は特級傭兵トップクラスだ。


 謙三の右拳を右手で受け止めると、間髪入れずに放たれる左拳を左手で受け止める。

 謙三は、俺から逃れようと必死にもがくのだが……俺に通用するわけがない。


「うそ、だろ……謙三が……」


 驚愕の表情を浮かべる遠野をしり目に、俺は「離してよ、離してよ」と暴れる謙三に語り掛ける。 


「あともう少し」

「……なにがあともう少し……?」

「あともう少しで君の中にある恐怖心をうち破れると思う」

「僕の中の恐怖心?」

「うん」


 謙三は遠野の“お仕置き”を恐れている。

 察するに幼少期から何らかの形で兄である遠野から恐怖心を植え付けられ続けたんだろう。

 だけど、先ほどのフミさんとのやり取りを見ていると少しずつではあるが、遠野の意に反した言動を何度か耳にする事が出来た。

 何か、そう、何かきっかけであれば謙三の心の中を恐怖心で縛り付けている呪縛を断ち切る事が出来るはずだ。


 あの時の俺の様に…。


 俺がまだ研究所にいた頃。

 毎日の様に身体を弄られるのに何の疑問も持たず、ただ苦痛に耐えていた頃。

 俺は、一人の少女と出会った。

 被検体ナンバー9,998番。

 少女は、今まで俺が見送った他の被検体とは違い、よく笑い、よく泣き、よく怒る感情豊かな少女だった。

 非道な人体実験の末に身体のほとんどのパーツを失った少女が最期に言った言葉が今でも耳元でささやかれているかの様に思い出させられる。


 ――自由になりたかった

 ――こんな死に方はいやだ

 ――君は生きて


 少女を看取った後、俺は研究所を壊滅に追い込んだ。

 少女願いを叶えるため。

 そう、生きるために。


 彼女と出逢っていなかったら、俺は今でもあの場所から抜け出せられなかった。

 そもそも、生きてなどいなかったかもしれない。

 俺が団のみんなと出逢い、このヤマトアイランドで家族や友人と共に自由に生活出来ているのはあの少女がいたからだろう。

 あの少女の存在が俺の人生を変えたんだ。

 

 俺は、謙三にとってあの少女になりたいと思っている。

 だから続ける。


「本当は嫌なんだよね? 他人を傷つける事が」

「……うん、いやだ……」

「嫌だったら辞めてしまえばいいんだ」

「でも、そうしたら、にぃちゃんが……」

「このままでいいの? そんな事を言っていたら君は死ぬまで君の兄の言いなりなんだよ? そこにいるフミさんは君の大切な人なんだよね?」

「うん、とても大切な人」

「そんな大切な人を傷つけてもいいの?」

「良い訳がないよ!」

「だけど、俺がこなかったら君はフミさんを傷つけていた。そうだよね?」


「おい! 謙三いつまでくっちゃべってるんだ! 早く、その餓鬼を何とかしやがれッ!」


 遠野は口汚くギャーギャー騒いでいる。

 ちらちらと遠野を気にする様子の謙三に「こっちに集中して」と語気を強める。


「僕は、文乃ちゃんを傷つけてしまっていたと思う……ごめんよぉ、文乃ちゃん」

 少し離れ場所にいるフミさんに泣きそうな顔を向ける謙三。

「謙三は悪くない! 全部謙二が悪いんだ!」

「文乃ちゃん……」

 

 フミさんは、両手を伸ばし謙三の顔を自分の顔の高さまで持って来る。

 そして、まっすぐ謙三の目を見る。


「でもな謙三。もし、次に同じ事が起きたら、それは謙三、お前が悪い! ここで変わらなかったお前が悪いんだ! そんでもって、うちはお前と絶交する!」

「そ、そ、そ、そんなぁああ、文乃ちゃん!」

 

 大慌ての謙三。

 こうなる事を予想したのか、フミさんはニヤッとしながら、だからなと続ける。


「変わるんだ謙三」


「謙三! てめぇ、そんなに“お仕置き”されてぇのか! さっさと、その餓鬼をぶっ殺せ!」

「……さ…い」

「あぁん!?」

「うるさああああい!」

「へ?」

「文乃ちゃんと絶交なんて嫌だッ! ぼ、僕は、もうにぃちゃんの言いなりになんてならない!」

「おま、な、なんで、“お仕置き”が怖くねぇのか!」

「怖い、怖いけど文乃ちゃんとの絶交の方が怖いんだあああ!」

「よっし、よく言った謙三!」


 フミさんは、謙三の肩に手を回し反対の手で謙三の頭を撫でた。

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