第23話 「ウミ」
ペットショップに到着した俺と井波さんは、まずは動物病院で子猫を診てもらった。推定年齢は生後二週間程度。栄養失調ではあるが特に病気などには掛かっていなかった。
因みに性別はメスだった。
子猫に何も無かった事を確認した俺たちは、ミルクに哺乳瓶、猫用のケージとベッド、それにトイレと猫砂など必需品を購入しペットショップを後にした。子猫に掛かった費用を折半すると井波さんが申し出てくれたが、断った。
10歳の頃から傭兵として稼いだ金がかなりあるし、そんなに物欲のない俺が死ぬまでに使いきる事は難しいと思っている。それなら俺より遥かに長い時間を生きる井波さんのお金は将来のためにセーブしてもらい、後先短い俺のお金を使った方がいいだろう。
「ただいま」
子猫との別れを惜しむ井波さんと別れた俺は寄り道などせずに真っ直ぐ家に戻ってきた。
玄関のドアを閉めるタイミングで、バタバタバタとこちらに向かってくる足音が聞こえる。ルミだ。
「おにぃちゃんお帰り! 猫ちゃんどこ!?」
「ここだよ」
俺は先程ペットショップで購入したリュック型のキャリーバッグをルミに向ける。他の荷物は収納箱にしまってある。
「見せて! 見せて!」
「いいよ。ちょっと待ってて」
俺は背中からリュックを下ろしジッパーを開ける。
見知らぬ場所、見知らぬ人を前にして子猫はリュックの取り出し口から出来るだけ離れるようにしてこちらを警戒していた。
「かっわいい! ちっこいいい! ねぇ、こっちにおいでよ猫ちゃーん」
「やめなさいよルミ。ただでさえ猫は警戒心が強いんだから、少し放って置いて私達に馴れさせないと」
リビングから出てきたスミはルミとは違い少し子猫から距離を取って子猫を眺めていた。ルミとは違う反応だが、スミも猫が好きなんだろう。そんな顔をしている。
「猫のケージとかどこに設置すればいいかな」
「一応、リビングの陽当たりのいい場所を空けといた。でも、見たところ手ぶらの様だけど、ケージはどこにあるの?」
玄関の外?と言って、玄関を出ようとするスミを止める。
そう言えば収納箱の事を言ってなかったな。
俺は荷物が自分の手で持てるくらいの量であれば収納箱に頼ったりはしない。スミ達との買い出しの時も両手で持てるくらいの量しかないため使っていない。そっちの方が普通の人の生活に思えるからだ。
「収納箱っていうアークって知ってる?」
「うん、特級アークでしょ? 異空間にいくらでも物を保管できるっていう。欲しいアークランキング上位を常にキープしている誰もが欲しがる都市伝説級アーク」
「まさか、おにぃちゃん……」
ルミとスミは、ゴクリとのどを鳴らす。
「持ってるよ。ほら」
俺は収納箱から猫用のケージの入ったダンボールと猫用品の入った大きいビニール袋を取り出した。
「すごい……実物見たの初めて……本当に存在したんだ」
「羨ましい! 羨ましいですぞ、おにぃちゃん!」
興奮している義妹達に苦笑いを浮かべながら、荷物をリビングに運び入れる。
「あっ、良い匂い……カレーかな?」
空腹な俺の腹を刺激する香辛料の香りが俺の鼻孔をくすぐる。
「そうだよー、今日の晩御飯はカツカレーだよ!」
「アニキ、お腹すいたでしょ。ケージの設置は後にして先に食べる?」
先に食べるならカツ揚げるけどというスミの誘惑を振り払う。
「魅力的な提案だけど、リュックに入れっぱなしも可哀相だし、先にケージを組み立てる事にするよ」
「ルミも手伝う!」
ここだよとルミが指差す場所はリビングの端っこだった。陽当たりが良いとスミが言っていたのだが、今は日が暮れていそれを確認する事はできない。
まぁ、スミが言うのだから間違いないだろう。
ダンボールからケージの本体を取り出す。
頑丈な鉄製のそれは三段になっており、一段目はベッドとトイレ、二段目は猫が腰掛けられるように木の板が設置されており、三段目は二段目と同じ木の板に通気性の良さそうなハンモックが備えられている。
何がいいか分からなかったので一番高い物にしたのだから悪いものではないだろう。ただ、まだ子猫なので上段には行かないようにダンボールで一段目と二段目に仕切りを敷く事にした。
まあ、まだ覚束ない足取りなので飛び越える事は難しいと思うが念のためだ。
「意外とあっさり完成したね」
ルミの言葉の通り、設置に10分もかからなかった。
リュックから警戒心マックスの子猫を取り出し、ベッドにそっと移す。
「ほら、ここが今日からお前の寝床だ」
「ニャーニャーニャー」
俺の言葉を理解したかどうか分からないが子猫らしい甲高く細い鳴き声で応えたのち、光の届かないベッドの端っこで蹲って目をつぶった。
破落戸どもにいたぶられ、知らない場所に連れてこられて知らない人達に囲まれているんだ。疲れたのだろう。それに、まだ生まれて間もない子猫だしね。
ミルク上げたかったと肩を落とすルミを慰め、スミの作ってくれたカツカレーに舌鼓を打ちながら三人で子猫の名前を考えた。
「みゃーこがいいよ」
「えーなんか、何にも考えてなさそうでやだ。あの猫ってメスだっけ?」
「うん、そうだよ」
「メスか……ということは妹と言うことになるんだね」
スミが真剣な面持ちで子猫に視線をやる。ほんの少し間を置いて、何か思いついたかの様にポンと手をたたく。
「何か思いついた?」
「ウミってどう?」
「ウミ?」
「そー、あの子の目の色が海見たいな色してるし、私達の妹ならウミって何かしっくりくる。それに、アニキの名前の一部でもあるしね」
スミ、ルミ、ウミ。
確かにしっくりくるな。
「俺は良いと思う」
「ルミもさんせー!」
こうして、鷹刃家に新しい家族ウミが加わった。
◇
翌朝
「おはよう、井波さん」
「おはようこざいます」
昨日とは違いちゃんと俺の顔を見て挨拶を返してくれる井波さん。
「猫ちゃんどうですか?」と自分から話もかけてくれる。
中々よい関係性を築けているのではないかと思う。
「警戒しているみたいで俺以外には近寄ろうとしないんだ」
「猫は、人に馴れるまで時間が掛かるっていいますからね。特に保護猫は」
「俺には平気なんだけどね」
「鷹刃君は猫ちゃんの命の恩人ですから分かっているんだと思います」
「そんなものかな……」
「はい。本能的に分かっているのかも知れませんよ。あの、名前は決まりましたか?」
「うん。ウミって名前にした」
「良い名前ですね」
「俺もそう思う」
「今度ウミちゃんに会わせてもらってもいいですか?」
「もちろんだよ。いつで会いたいときには言ってくれれば」
「ふふふ。ありがとうございます」
とまぁウミの話で盛り上がっているとメガネ君が寄ってきた。
「おはよう、ずいぶん楽しそうだね!」
「うん、楽しいよ」
「井波さんがこんなに笑顔で話している所なんて初めてみたから
ついつい割りこんでしまったよ」
「いいんじゃないか? 井波さんも問題ないよね?」
「はい……」
話してみて分かったが本来の井波さんは決して人見知りでもコミュ障でもない。むしろ、人と関わるのが好きなタイプの女の子だ。
両親の死や目を醒まさない妹さんの存在だけでも辛いだろうに、幸運吸収によって他人に後ろめたさがあるため、極力人に近づかない様にしていたのだろう。
「あっ、そう言えば。メガネ君、【刃威餌亡】って知ってる?」
「【刃威餌亡】ってあの?」
「あのって?」
「10代~20代で結成された無法者集団だZE」
背後からの声に驚き振り向く。
そこに立っていたのはスリーブロックのパイナップル頭をした色白の青年。赤西真斗だ。
「えっと、赤西君」
「マコでいいZE、カイトYO」
「いつも女子としか話さない赤西君まで……鷹刃君ってスゴいね!」
とメガネ君が称賛してくれる。
「マコは【刃威餌亡】についてよく知ってるの?」
「よく知っているもなにも、オイラが入ってるチームと敵対してるんだYO」
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