第22話 「井波さんの事情」
一応俺は中級の【格闘士】のアークマスターと公言している……けど、今はそんな事を言っている場合ではない。
団の仲間であり、特級アークマスター【
淡い光に包まれた猫のキズ口が見る見る塞がっていく。
「す、すごい……」
特級アークなんて初めて目にするのだろう。
井波さんは、驚きのあまり先程まで滝の様に流れていた涙が止まっていた。
「うん、大丈夫そうだね」
「ニャー」
先程まで虫の息だった事が嘘の様に子猫はダンボールからひょいと井波さんの膝の上へと飛び乗る。
「猫ちゃん、良かったよ……」
井波さんは、ぎこちなく、でも愛おしそうに子猫の頭を撫でる。
「それにしてもこんな傷を治せるなんて、凄いんですね鷹刃君」
「俺は一応【格闘士】のアークマスターって事になっているから、出来れば秘密にして欲しいんだ」
「なんでですか? そんなに凄い力があるのに」
「色々とあってね……それで、秘密にしてもらえるかな?」
「はい、もちろんです。鷹刃君は恩人ですし、貴方が嫌がる事は絶対にしません」
「うん、ありがとう」
「それに……自分で言っては何ですけどそんな事を打ち明けられる友達ももう私にはいませんし……」
と苦笑いを浮かべる井波さんに一瞬胸が苦しくなる。
「俺じゃだめかな?」
「えっ?」
「俺は君の友達になれないかな?」
「……凄く、嬉しいです」
「じゃあ」
「でも、無理なんです……私の傍にいると」
井波さんは、今にも泣きだしそうな顔で左腕に装着しているディバイスを俺に向ける。
井波さんのアークが原因で俺に不幸が訪れる事を気に掛けているのだろう。
「俺なら大丈夫だよ。どんな災いがあっても全て乗り越えられる自信あるから。それでも君が心配すると言うのなら」
「へ? た、鷹刃君!?」
俺は、井波さんの左腕を掴みディバイスを外す。
「だ、だめ、それがないと!」
「これが君を泣かせている原因なら」
デバイスを握りつぶす。
パチッと一瞬電流が流れるが別にどうってことはない。
「ない方がいい」
「な、な、何てことするんですか!」
井波さんは、地面の上でゴミと化したデバイスを真っ青な顔で拾いあげる。
「だって、それがあるから井波さんが辛いんだよね?」
「それはそうですけど! これがないと、【糧】がないと夏菜が!」
「糧? 夏菜? ねぇ、井波さん。俺に教えてくれないかな、君が抱えていることを」
井波さんは、一度俺から目を逸らす。
多分だけど井波さんが抱えている何かに俺を巻き込んでしまう事を憚っているのだろう。
だから、もう一押し。
「俺なら心配ないよ。義理ではあるけど俺の母親は、あの【銀の乙女団】の団長、鷹刃冴子なんだからね」
団長の名前をここで借りる。
世界トップクラスのアークマスターが俺の背後にいる事をアピールするためだ。
正直、団長の名前を借りなくても俺一人の力で何とかできそうだが、俺に対する井波さんの信頼度はまだそこまで高くない。
案の定、団長の名前は井波さんにも効果的だったらしく再度井波さんは俺と目を合わせる。
「……ラッキーホルダーをご存知ですか?」
「うん、妹が持っていて大体の事は聞いたよ」
「そうですが、妹さんが……という事は【常世の楽園】という宗教団体もご存知なのですね?」
「うん、それも妹から聞いた」
「そうですか……では、【常世の楽園】のトップである伝道師アダムは、私の叔父なのです」
たしか俺が井波さんのアークやブースターについて口にした時に叔父の教団がどうのこうのって言ってたな。
【常世の楽園】が販売している幸運アイテム【ラッキーホルダー】とその教団のトップの姪である井波さんのアーク【幸運吸収】。
そういう事だったのか。
「ラッキーホルダーの成分は何らかの方法で抽出した井波さんが集めた幸運ということかな?」
「その通りです」
「だけど、井波さんは好きで叔父さんを手伝っているわけではないんだよね?」
「もちろんです! 本当は、叔父の魔の手から今すぐにでも逃げだしたい……」
「そうできない理由は、さっき言ってた夏菜って人が原因なんだね」
「先程の会話でそこまで……先程の不良達を簡単にあしらえる強さと猫ちゃんを一瞬で治す能力にその考察力……鷹刃君って何者ですか?」
「生まれが色々と特殊でね。少し説明がし辛いんだ」
人体実験の産物でありながら10歳までは研究所で身体を好き勝手に弄られ、団長に拾われてからは傭兵業をしていたなんて言っても信じてもらえないし、あんまりそれを曝け出す気は俺にはない。
「いえ! 私の方こそごめんなさい。プライベートなことをズケズケと」
「いいんだ。話を続けよう。それで、夏菜という人は井波さんの何? それとその夏菜って人が置かれている状況は?」
メガネ君からの情報で夏菜って人が井波さんの妹であり、事故により昏睡状態という事は分かっているのだが、本人のいない所で私的な事を探っていたなんていい気分ではないだろうと思い、井波さんの口から直接聞く事にする。
「夏菜は妹です。一つ下の。5年前に両親と一緒に事故に遭い、両親は残念ながら亡くなったのですが、何とか一命を取り留めた夏菜は寝たきりのまま目を醒まさないんです」
悲痛な表情を浮かべる井波さんは、一度言葉を切ったのち続ける。
「いつ目を醒ますか分からない夏菜に掛かる治療費は、いち高校生の財布からはとてもじゃないが払えない金額で……」
「それで、妹さんの治療費を稼ぐために叔父さんを手伝っている」
「……はい」
「一度、妹さんに合わせてもらないかな? 俺だったら治せるかもしれない」
「……らないんです」
「ん? ごめん聞こえなかった」
「夏菜がどこに入院しているのか分からないんです……」
「え? どういうこと?」
「3年前までは第四区の総合病院にいたのですが、叔父の友人で腕のいいお医者さんがいる本島にある病院に転院して」
「何それ? じゃあ、妹さんの状態はどうやって確認してるの?」
「それは、一週間に一度の映像通話で……」
映像通話? 何で会わせてあげないんだ?
何かすごく怪しい。
「妹さんの居場所を知っている人物は?」
「叔父といつも映像通話を繋いでくれている叔父の秘書の黒田さんです」
叔父さんに直接コンタクトを取るのは控えるべきだな。
であれば、黒田って秘書か。
「次に叔父さんにそのデバイスを渡すのはいつ?」
「一週間後です」
「黒田って秘書と会うのは?」
「明後日です。週に一度の妹との映像通話があるので」
【常世の楽園】自体を潰すのは容易だが、何らかの形で妹さんに害を及ぼす事になれば本末転倒だ。妹さんの確保を最優先に考えるべきだ。
「明後日、秘書さんに会う時に俺も同行していいかな」
「私1人で行かないと……多分、鷹刃君は門前払いに会うというか」
「大丈夫。【気配遮断】のアークを使うから絶対に気付かれないよ」
「気配遮断って【
「うん! 一旦、妹さんの件はそれで良いとして」
俺は地面に目を落とす。
いつの間にか俺の靴の上にちょこんと座っている子猫。
「このままここに置いておけないよね」
「もうブースターもないですし、私が連れていければいいんですが、うちのマンションはペット禁止で……」
ちらっと俺の方を見る井波さん。
言いたい事は分かっている。
「一度家族に相談してみる」
「はい!」
コミュニケーションアプリ【FINE】内のグループトーク【鷹刃家】に子猫の写真を撮り家族全員に送信した後、この子猫がどんな目にあったのかを説明し、家で飼えないかと相談したところ義父さんも妹達も、そして、遠く離れている団長も誰一人として反対する家族は居なかった。
「うちで飼っても良いって」
「良かった! ありがとうございます、鷹刃君!」
子猫を抱っこする。
「猫用品何もないから、買いに行かないとかな」
「駅前に大型のペットショップがあるので、そこで揃えられると思います。動物病院も入っているので猫ちゃんの身体も診てもらえますよ」
「じゃあ、そこに行ってみるとしよう」
「案内します!」
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